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緑の石山寺を参拝した後、伏見稲荷大社へいった。 IR奈良線と並走する京阪線の西側の駐車場に車を入れ、京阪伏見伏見稲荷駅から神社に伸びる参詣道「神 幸道」を歩く。 土産物屋が両脇に軒を連ね、参拝客でにぎわっていた。 昭和12年(1937)伏見に滞在した坂口安吾(1905〜1955)は、ここの事を「古都」で、次の様に記している。 「伏見稲荷は稲荷の本家本元だから、ふだんの日でも相当に参詣者はある。京阪電車の稲荷駅から 神社までは、参詣者相手の店が並び、特色のあるものと言えば伏見人形、それに鶏肉の料理店が 大部分を占めている。」 その頃の雰囲気は大きくは変わっていないかもしれない、しかし確実に言えることは、参詣客の話す言葉 は外国語と大きく違っていた。 兎に角、外国人が多いのだ。 修学旅行か遠足かで来ている制服姿の高校生たちを見なかったら、外国へ来たかと錯覚したかもしれな い。 やがて、楼門の前に来た。この辺りから朱色の世界だった。 朱色は、古代から魔力に対抗し、生命力を象徴する色とされてきた。 他所より明るい、鮮やかな朱色は稲荷塗の朱色は 、稲荷大神の神威を表す色として、境内の多くの社殿 や鳥居にぬられている。 一の鳥居、二の鳥居が建つ表参道に面にして、楼門、外拝殿、内拝殿本殿がほぼ一直線に並んでいた。 両脇に店が軒を連ね、外国の来訪者が多かった。 JR稲荷駅前から楼門前の幅広い道・表参道は神幸道とは対照的に人の姿は少なかった。 楼 門 天正17年(1589)豊臣秀吉の寄進。神社の楼門としては最大規模 両翼の回廊を含め重文 楼門の前には、霊狐が宝珠あるいは稲蔵の鍵をくわえて見守っていた。 随 身 重文 内拝殿 奥(東)の本殿には稲荷大神が祀られている。 稲荷大神は、宇迦之御魂大神(ミカノミタマノオオカミ)を主神とし、佐田彦大神、大宮能売大神(オオミヤノメノオオカミ)、 田中大神、四大神(シノオオカミ)の五柱の神様の総称である。 本殿・内拝殿 本殿は明応8年(1499)再建、檜皮葺、五間社流造りで「稲荷造り」とも呼ばれる。 本殿前で神主が祝詞を奏上していた。 稲荷大神は五穀豊穣をもたらす農耕神に始まり、一家繁栄、商売繁盛など招福の神である。 |
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2015年06月30日
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