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播磨の国におはしまし着きて、明石の駅といふところに御宿りっせしめ給ひて、駅の長のいみじく 思へる気色を御覧じて作らせ給ふ詩、いとかなし。 「駅長莫驚時変改 一栄一落是春秋」 (「大鏡」天 左大臣時平) 稲爪神社の北側は国道2号線だった。 2号線を渡りほゞ向かいに鎮座する休天神(ヤスミテンジン)に行ってみた。 延宝7年(1679)第6代明石藩主松平信之が創建したものである。 昔、この辺りに明石の駅(ウマヤ)があったと伝えられ、昌泰7年(901)藤原時平の讒言によって、無実の罪で 太宰府に流される菅原の道真は、途中泊った明石の駅の長(オサ)が驚き悲しんでいる様子をみて、「駅長驚 くなかれ 時の変改を 一栄一落是春秋」という詩をつくった、と言われる。 境内の南東隅に「菅公駐駕駅長宅址」碑が建っていた。 古代の明石の駅の位置ははっきりしない。 ここから北に約800m、「太寺」バス停傍に「菅公旅次遺蹟」碑が建っているのでそこにも行ってみた。 日本画で有名な橋本関雪の父で、「明石名勝古事談」の著者・橋本海関が建てたもので、明石の駅がこの 辺りと考えたためだろう。 延宝7年(1679)第6代明石藩主松平信之が創建 国道2号線に南面に建つ 祭神:菅原道真 本殿右前に玉垣に囲まれてあった。 道標 「菅公旅次遺蹟」碑に向かう途中に建っていた道標 正面2号線に向かって「正一位柿本大明神」 西面に「左人丸山三丁」 東面に「右人麿山三丁」北面に「萬えん元年庚申建立」と彫ってあった。 表面に「菅公旅次遺蹟」 左右側面に 「駅長莫驚時変改」、「一栄一落是春秋」 裏面に「昭和七年十月明石保勝会建」 と彫ってあった。 「菅公旅次遺蹟」碑の位置は範囲からはみ出している。 |
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2015年09月12日
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