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大宮八幡宮の創建は詳らかではない。 古代山上に磐座があり、孝徳天皇の御代645〜655)には山上に社祠が建立されており、美嚢郡高野里の祝 田社(ハツリタノヤシロ)と称し祀られていたことが「播磨国風土記」に見出される。 天永2年(1111)別所氏の祖・頼清が今の地に移し、代々三木城主が守護神として崇祀した。 天正8年(1580)羽柴秀吉の三木攻めの際、兵火に遭い焼失したが、天正11年(1583)中川秀政が再建 江戸時代は領主地元民の崇敬を集め、東播磨随一の大社として知られた。 明治には上地令により、広大な神域は減らされたが、現在1万余坪有する。 拝殿、本殿前の広場北側には、能舞台と旧拝殿があり、拝殿の北側には境内社の大宮天満宮があった。 境内社としては外に、「祝田社」、「尾引稲荷社」、「伏見稲荷社」、「播東稲荷社」、「豊玉姫社」、 「祓殿」、「弁財天」があった。 拝殿前の広場の北側に旧拝殿と能舞台があった。 絵馬と番付額 旧拝殿には絵馬殿の様に絵馬や番付額が幾つか掲げてあった。 中には中央に天満宮の社祠、左手に古い神輿などが置かれてあった。 祭神:菅原道真 祭神:保食神(ウケモチノカミ) 稚産霊神(ワカムスビノカミ) 倉稲魂神(ウカノミタマノカミ) 稲荷社としては、外に「伏見稲荷社」、「播東稲荷社」があった。 祭神:市杵嶋姫命 |
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2015年10月01日
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