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に遊女塚(石造宝篋印塔ー県指定重要文化財)があった。 高度成長期から急速に市街化したこの辺りだが、地元民の信仰の深さの示す名残を見ることができる。 今は暗渠になっている国道2号線の天神川西、通称河西町に点在していた小さな地蔵尊を纏め、大正10年(1921)建立された。 大正13年(1924)鵯越の高尾山地蔵院がら勧請したので「高尾」の名が付いたのではないかと言われている。 扉の隙間から覗くと、 お堂の中には石造が6、7体安置してあった。 高尾子安地蔵尊 境内に安置してあった。 一般の役行者像に比べて優しいお顔だった。 遊女塚(石造宝篋印塔) 総高約4m、塔自体が大日如来で中央部四方に如来仏を表す梵字が彫られている。 笠石の四隅にある三角形の突起の梵字は如来を守る四天王と如来に奉仕する菩薩を示している。 この塔は、もと西国街道に沿った丘の上にあったが、明治21年(1888)鉄道敷設により現在地に移転した。 台石の刻みによれば、建武4年(1337)士忠禅師によって建てられた。 「遊女塚」と呼ばれるのは、垂水沖で溺死した遊女の供養塔とか、塔が建っていた移転前に遊女の塚があったとかの伝説による。 所在を示す地図 |
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2015年10月26日
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