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されているらしく、境内は綺麗で、生花がその和えられていた。 更に進むと道―県道488号線は少し東に折れて行き、北側に、瑞丘八幡神社が鎮座していた。 瑞丘八幡神社の創祀年代は不詳であるが、江戸時代には「厄除八幡神社」あるいは「垂水郷八幡宮」とし て、垂水各村、明石藩から尊崇され、その後「瑞丘八幡神社」に改称したが、「垂水の厄神さん」、「厄 除け八幡」として今なお信仰を集めている。 更に進み、高丸3丁目で北側の坂道を上った。 そこには三菱重工業の社員寮や社宅が建っている。 昭和40年代住んでいた大先輩の知人が撮ったという風景写真が、手元にあるのでそれと比較してみた。 今は落ち着いた住宅地となっている東垂水が、当時は住宅開発真っ盛りだったことが良く分かった。 眺めていたら、自分が住んだ訳でもないのに、何となく懐かしささえ覚えた。 池姫地蔵尊 祭神:応神天皇、神功皇后、比売大神、 奥津彦神、奥津姫神、 菅原道真、豊臣秀吉 創祀年代は不詳であるが、社殿の棟札の裏書により、文禄7年(1564)まで遡ることができる。 文政6年(1823)造営 境内はヤマモモ、クロガネモチ、ヒメユズなどの照葉樹林の鎮守の杜となっており、その中に社殿があった。 昭和6年(1931)周辺の天満天神、荒大神、豊臣秀吉を祀る瑞丘社(天満宮)が合祀された名残か、中央に「八幡宮」向かって左に「荒神宮」、右に「天満宮」の額が架かっていた。 東垂水は住宅化され、一部は更に建て替えなど更新されている所もある。 手前の駐車場になっている所は昔、グラウンドだった。 1970年代は盛んに住宅化の開発が行われていた。 手前グラウンドは高層マンション風の社宅とその駐車場になっていた。 地 図 |
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2015年10月27日
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