ぶらりぶらり見て歩記

最初の目論見とは異なり、最近は寺社巡りが主になりました(^o^)

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本稿は、前稿までの奥千本から下千本まで参詣道を巡った記事の付足しである。

金峯山寺蔵王堂境内で桜を眺めた後、すぐに下千本、七曲りへと向かったのではない。

実はその前に、尾根道の参詣道から折れて西方向にある八角三重塔、更にその先谷を下って、脳天大神を

祀る金峯山寺塔頭龍王院迄行った。

龍王院は相当急な石段が続く谷底にあり、着いた時は、山の端の影になって薄暗くなっていた。

人出賑わう尾根の参詣道と異なり、人気はなく、往復した間、夫婦連れの男女一組遭っただけであった。


イメージ 1 「吉野朝宮址、金輪王寺址」石標
延元元年(1336)12月21日京都花山院を密かに逃れた後醍醐天皇は28日吉野吉水院に身を寄せた。
その後、実城院を行宮として移り、寺号を金輪寺と改めた。
天皇は延元4年(1339)8月病に侵されてここで悲運の生涯を閉じた。
徳川時代になると、幕府は金輪王寺の寺号を没収して日光に移し、元の実城寺となって明治を迎えたが、廃仏の嵐にあって廃寺となった。
現在八角三重塔を主とする南朝妙宝殿が建つ。




イメージ 2 八角三重塔
後醍醐天皇が行宮した金輪王寺後に建つ。
昭和31年(1956)に建立され後醍醐天皇以下南朝4代の天皇と殉じた忠臣たちの霊を祀る。
塔高27m
釈迦如来坐像を安置



イメージ 3 釈迦如来像
八角三重塔に安置される釈迦如来坐像は重文





イメージ 4 仏舎利宝殿
昭和42年(1967)金峯山寺修験本宗初代管長故五條覚澄大僧正がインドでガンジー首相より寄与された釈尊の真骨を奉安




イメージ 5 神変大菩薩(役行者)像




イメージ 6 「狐忠信霊」碑
昭和38年(1963)芸能の神として建立
歌舞伎「吉野千本桜」で静御前が佐藤忠信に付き添われて吉野山の義経の元に向かうが、実はこの忠信は静御前が義経から預かっている「初音」という鼓の皮となっている狐の子であるという設定。




イメージ 7 龍王院本堂
金峯山寺塔頭
昭和26年(1951)五條覚澄大僧正が霊感感得した頭脳の守護神・脳天大神を祀る。
示現したのは頭を割られた蛇で蔵王権現が姿を変えて出現したものだそうだ。
拝所の奥でお茶の接待を受けた。

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