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み吉野の 御金の岳に 間なくぞ 雨は降るといふ 時じくそ 雪は降るといふ その雨の 間なきごとく その雪の 時じきごと 間も落ちず 我は恋ふる 妹がただかに (「万葉集」巻第3 相聞 3293) (吉野の 御金の山に 絶え間なく雨は降ると言う 休み無く雪が降ると言う その雨の絶え間ないように その雪の休みが無いように 間をおかず 私は恋しく思う あの娘のことを) 各地は桜が満開だと言う。 世間より心持咲くのが遅れる、我が家近くの市立小学校校庭の桜もほぼ満開だ。 朝から天気が良い。 新聞の天気予報を見ると、明日から1週間ぐらい先は天気が悪そうだ。 花見するとしたら「今でしょう!!」、そこで、思い切って花見に吉野に出かけた。 吉野駅に着いたのは11時半ごろ、駅から見渡せる辺り、いわゆる「下千本」は満開だった。 そこからバスで(途中「中千本」で乗り継いで)「奥千本」まで行った。 流石にこの辺りでは全く咲いていない。 これから奥千本を散策し、その後尾根道を下って行く心算だ。 どの辺りから桜が咲いているのか見極めるのも楽しみの一つだ。 バスから降り、奥千本の散策路に入り、金峯神社にいった。 金峯(キンプ)と言うのはこの辺りから大峰山にかけての総称で、古来地下に黄金の鉱脈があると信じられ た。 万葉集ではこの辺りの山を「御金(ミカネ)の岳(タケ)」と詠んでいる(巻第3 相聞 3293)。 「今昔物語」では、聖武天皇が大仏の鍍金に必要な黄金を良弁僧正に命じて金峯山に求めようとする話が ある(巻第11第13「聖武天皇始めて東大寺を造りたまふ語」)。 また、宇治拾遺物語にはこの山から黄金を採った男が神罰を被った話が記されている。 今は昔、七條に箔打ちあり。御嶽詣でしけり。参りて金崩れを行て見れば、まことの金の様に ありけり。うれしく思ひて、件の金を取りて袖に包みて、家に帰りぬ。・・・ (「宇治拾遺物語」巻第二 金峯山箔打ちの事) これは、金峯山は黄金浄土であるという観念から生まれたものであろうか? 兎に角、奥千本は桜は全く咲いていなかったが、参道には馬酔木が満開だった。 大峰山への奥駆け道の初めでもあり、大峰山への4つの門の内の第二門「修行門」 参道の馬酔木 祭神:金山(カナヤマ)彦命 吉野山の総地主神 金精(コンジョウ)明神ともいい延喜式内社の古社 小組の格天井となっていた。 宝形造りの簡素なお堂。 元治元年(1185)11月源義経が弁慶とともにこのお堂に身を隠し、追ってから逃れるため屋根を蹴破って外にでたそうだ。 |
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