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山を昇り坂を下るに、秋の日既に斜になれば、名ある所々み残して、まず、後醍醐帝の御廟を拝む。 御廟年経て 忍は何を しのぶ草 (松尾芭蕉「野ざらし紀行」) 中千本バス停近くから、尾根道の参詣道を外れ、自動車道を下る。 途中奇怪な樹形をした高野槇の群生林を過ぎると如意輪寺に着いた。 延喜年間(901〜922)日蔵道賢上人の開基で、後醍醐天皇の勅願寺である。 昔は真言宗の寺であったが正平(1350年頃)以降寺運は衰退し、慶安3年(1650)文誉鉄牛上人が本堂を再興 し浄土宗に改めたという。 寺内には、後醍醐天皇の御陵があり、また正平2年(1347)、四条畷に出陣する前の楠木正行が天皇に最後 の挨拶をした後、一族郎党と共に参拝し
という辞世を残したことで知られている。 正行が辞世鏃で刻んだ御堂の扉が宝物殿に展示してあった。 約340年後、貞享元年(1684)9月松尾芭蕉が吉野を訪れ御陵を参拝した時詠んだ句碑が境内に建っていた。 普通高野槇は樹冠が鋭い尖り見せて天にそびえる様に成長する。 しかし、ここでは木の高さが7,8mたらずで、枝が分岐に分岐を重ねている。 毎年お盆の供え花として枝先を切っている為だそうだ。 正しくは塔尾山(トウノウザン)椿花院(チンカイン)如意輪寺 浄土宗の寺 小さなお堂に安置されている。 難儀なことから救ってくださるお不動さん 近畿36不動尊第30番霊場
慶安3年(1650)再建 本尊:如意輪観音 楠木正行が四条畷の戦いを前に鏃で辞世の歌を刻んだ御堂 多宝塔 総ケヤキ造の納骨堂 本尊:阿弥陀如来 周囲は満開の桜だった。
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