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萩城三の丸・堀内伝統的建造物群保存地区の南端の平安古(ヒヤコ)総門跡界隈を巡った。 堀内には、旧祖式家長屋、旧梨羽家書院、旧児玉家長屋があった。 平安古総門跡は、碑が一つ建っているに過ぎないが、その近くには、新堀川(外堀)と石橋の平安古橋が架 かっており、夫々趣のあるものだった。 祖式(ソシキ)家は、宇部市稔小野に領地を持っていた武士。 この長屋は平屋建てで、東側と西側の屋根の形が異なっている。 東側の軒先と石垣の形から、建てられた当時は今より長かったと考えられている。 梨羽(ナシバ)家は萩藩大組(683石余)の藩士 屋敷は堀内の重臣屋敷街に位置していた。 敷地面積から考えて、他に数棟の建物があったと思われるが、現在はこの書院しか残っていない。 萩城三の丸の平安古(ヒヤコ)総門に隣接していた児玉家は、萩藩寄組(2,243石余)の大身武士。 外回り壁は白壁、腰はなまこ壁とし、出格子を1か所設けている。 萩城三の丸(堀内)と城下町を分ける総門は三つあった。 平安古(ヒヤコ)の総門はその一つ。 平安古(ヒヤコ)総門前の外堀(新堀川)に架けられ、城下町から三の丸への通路の一つ。 明和年間(1764〜71)に石造りに架け替えられたと思われる。 外堀(新堀川) 新堀川を挟んで、向って左側が萩城三の丸(堀内)、右側が城下・平安古(ヒヤコ)地区 |
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2016年03月28日
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