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八幡山(271.9)南麓に鎮座する日牟礼八幡宮を参拝した後、ロープウェイで山頂まで行く。 山上には、豊臣秀次が築城した八幡山城の跡の石垣や昭和38年(1963)移ってきた秀次所縁の寺・瑞龍寺が 建っていた。 山上には遊歩道があり、山上の城址あるいは寺の境内から琵琶湖と近江平野を睥睨でき、その眺望は素晴 らしかった。 お願地蔵堂は昭和56年(1981)建立 ロープウェイ山上駅から瑞龍寺に向かう途中に建っていた。 村雨御所と称し、日蓮宗唯一の門跡寺院。 皇族、五摂家家族から出た尼宮が代々住持していた。 関白豊臣秀次の生母智の方・瑞龍寺殿日秀尼が秀次の菩提を弔うため文禄5年(1596)創建した。後陽成天皇からは村雨の地(京都上京区)と瑞龍寺の寺号および寺禄一千石を賜り紫衣着用と菊の御紋章を許されて勅願寺となった。これにより村雨御所と呼ばれるようになった。 昭和38年(1963)現在地に移った。 本尊は一塔二尊四菩薩(釈迦牟尼仏) 山上からの風景(南西方向) 山上からの風景(西方向) 山上からの風景(北方向) 山上からの風景(東方向) 八幡山麓の八幡公園に建っていた。 昭和55年(1980)建立 豊臣秀次(1563〜95)は秀吉の甥、天正13年(1585)18歳で近江国43万石が与えられ、八幡山城を築き城下町を整備した。 天正19年(1591)関白になるが、 文禄4年(1595)高野山へ追放の上、自害を命ぜられる。 |
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2016年04月16日
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