ぶらりぶらり見て歩記

最初の目論見とは異なり、最近は寺社巡りが主になりました(^o^)

山城風土記

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萬福寺は主要伽藍である三門、天王堂、大雄宝殿、法堂が一直線に並び、それらは一直線の石條で結ばれ

ている。その周囲を廻廊が囲み、その他の伽藍が取り囲んでいる。

このように、中国の明朝様式を取り入れられた伽藍配置で、創建当時の姿そのままを今日に伝える寺院

は、日本では他に例がないそうである。

このため、代表的な禅宗伽藍建築群として、主要建物23棟、廻廊、額、聯などが国の重要文化財に指定

されている。

イメージ 1 斎 堂
食堂(ジキドウ)である。中央に緊那羅菩薩を祀り、約300人が一堂に会して食事をすることが出来る。


イメージ 2 生飯台
斎堂の前にある石造りの台。食前に人箸の飯を餓鬼や鬼子母神などに施しをする台とのこと。


イメージ 3 鐘 楼
階上に梵鐘がある。梵鐘は戦時中供出されたので戦後再鋳されたもの。


イメージ 4 鼓 楼
階上に太鼓があり、儀式の時には向かいの梵鐘と太鼓を交互に打ち鳴らす。


イメージ 5 伽藍堂
華光菩薩像を本尊とし、脇侍に三面大黒天王像、弁財天坐像を祀り、合わせて、関帝像をも祀る。


イメージ 6 華正菩薩像
三つ目、髭はなく 中国文官風の衣 などから中国元、明時代に信仰された道教の「華光神」と関係があるかもしれない。


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                              禅 堂
坐禅するところ。斎堂、浴場と共に三黙道場と言われている。

放生池、三門、天王殿、大雄本殿、法堂が一直線の並ぶ萬福寺。天王殿を参拝した次ぎは大雄宝殿、法堂へと足をのばす。

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                             大雄宝殿
大雄宝殿は萬福寺の本堂であり、最大の伽藍である。丸窓や天井など各所に中国風の特徴が見られる。
材にチークを使用している珍しい建造物でもある。
本尊は釈迦牟尼佛、両脇侍は迦葉、阿難の2尊者、両壁には9体ずつの十八羅漢像が安置されている。


イメージ 2

                             釈迦牟尼佛
両脇侍の迦葉尊者、阿難尊者像は隠れてよく拝観できなかった。
因みに、朝暮の勤行は明音を用い、現在中国で行われているのと殆ど同じだそうだ。


イメージ 3 イメージ 4
                             十八羅漢像
両壁に並ぶ羅漢像は大胆な感情表現をし一堂に並ぶ様には圧倒される。
明の仏師・范道生が寛文3年(1663)から1年かけて制作したもので、複雑に入り組んだ衣の襞などは、日本の作風と違う。



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                               法 堂
内部は中央に須弥坦と呼ばれる高い所があり、住職がこの坦上から説法し、衆僧は問答によって所信を磨く所。  「獅子吼」、「法堂」の額は隠元禅師の筆による。
勾欄(コウラン)は卍崩しの文様となっている。

京都から奈良線で奈良に向う途中に宇治駅があり、その一つ手前が黄檗駅である。

いつも素通りなので今日は下車してみた。

駅名から想像されるように、黄檗宗大本山萬福寺がある。駅から徒歩5分位であろうか。

妙高峰の麓に建てられた中国風の寺である。

それもその筈である。この寺は承応2年(1654)中国から渡来した隠元禅師が4代将軍徳川家綱よりこの地を

賜り、寛文元年(1661)開創した寺なのだ。

私たちは、同じ臨済禅でも、この伽藍様式の、中国風な萬福寺へきて、禅宗が、中国から

つたわってきたというあたりまえのことを、ここで味わい了解しつつ入る。」(水上勉「京都 古寺」)

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                      総 門
朱塗りの門で、「第一義」の額を掲げ、屋根には想像上の動物「摩伽羅(マカラ)」が置かれている。



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                      三 門
三門三戸二重門で左右に裳階、山廊があり、棟中央に火炎付き宝珠がある。
正面の「黄檗山」「萬福寺」の額は隠元禅師の書とのこと。
三門前の放生池、三門、奥の天王殿、大雄宝殿、法堂が一直線に並んでいる。


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                      天 王 殿
寺の玄関として建てられているもので、中国では一般的な建て方どそうだ。
写真では隠れて見えないが、勾欄(コウラン)はX模様でチベットや中国では良く見られるものだ。
正面に布袋坐像、背後に韋駄天像、四隅に四天王像が祀られている。


イメージ 4  布袋(弥勒菩薩)坐像
10世紀の中国の高僧で、弥勒菩薩の化身とされる。


イメージ 5  韋駄天像


イメージ 6  多聞天像



イメージ 7  広目天像



イメージ 8  持国天像



イメージ 9  増長天像

宇治橋から・宇治

源氏物語ミュージアムからJR宇治駅に向う途中、宇治川にかかる宇治橋を渡る。

橋の中央にて周囲の景色を眺める。宇治川の流れは滔々としていた。

朝霧橋ー橘島ー橘橋(奥に喜撰橋があるはずだが良く分らない)で両岸を渡している。

多分左手のあの辺りに、八宮と二人の娘大君、中君がひっそりと住む八宮の山荘が、右手のこの辺り

に夕霧の別業があったのだろう、と勝手に想い巡らした。

また、王朝人になった心算で、百人一首の数首を思わず口ずさんだりもした。

宇治橋は大化2年(646)初めて架けられたと伝えられる。

源氏物語や古今和歌集を始めとする文学作品や絵画、工芸品といった美術品にも描かれ景勝の地・宇治の

象徴として親しまれている。

現在の橋は長さ約155m、幅約25mで平成8年(1996)に架け替えられたもので、木製の高欄に擬宝珠があしら

われていた。

橋を渡ると(平等院への参道の入口になるのだが)川岸に物を書く姿の紫式部の石像があった。

源氏物語宇治十帖に惹かれて宇治を訪れた観光客はこの宇治橋を見てから、宇治十帖の世界に引きこまれ

ることになるのだろうか。

なお、朝霧橋のちかくに源氏物語宇治十帖モニュメント(浮舟と匂宮像)があった。


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           宇治橋から宇治川の眺め
朝ぼらけ 宇治の川霧 たえだえに あらはれわたる 瀬々の網代木
                                         権中納言定頼
わが庵は 都のたつみ しかぞすむ 世をうぢ山と 人はいふなり
                                         喜撰法師



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           宇治橋


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           紫式部像


イメージ 4

           宇治十帖モニュメント(浮舟と匂宮)



三室戸寺から宇治橋に向って歩いていると、橋の少し手前に宇治市立源氏物語ミュージアムがあった。

平成10年(1998)に開館したもので、館内に入ると、復元模型や映像を通じ、源氏物語と平安文化を親しめ

るようになっていた。

映画「橋姫」−女人たちの心の丈ーと言う約20分の映画や源氏物語の魅力やあらすじを紹介したハイビジ

ョン映像を見ていると源氏物語を理解した気持ちになれるかもしれない。 :)は物語の解釈に「少し違う

んじゃない」と言う気もする点があったが、やはり、人夫々受け取り方が異なり、自由に思えば良い事だ

ろう。


イメージ 1

           源氏物語ミュージアム


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           牛車の模型



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            藤棚


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            六条院模型
栄華を極めた光源氏の邸宅。春の御殿には光源氏と紫の上、後に女三宮が、秋の御殿には秋好中宮が、夏の御殿には玉鬘、花散里が、冬の御殿には明石の君が 夫々住んだ。


イメージ 5

           第3帖「空蝉」の一場面
再び空蝉をものにしようと、空蝉の夫である紀伊守が不在を狙って忍び込んだ光源氏が、空蝉と軒端荻が碁をしているのを垣間見る場面。



イメージ 6

           第45帖「橋姫」の一場面
八宮山荘を訪れた薫が楽器を奏でる大君と中君を垣間見る場面。










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