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門司は明治から大正にかけ、大陸を主とするとの外国貿易の要衝として栄えた国際港湾都市だった。 門司港駅周辺には今でも当時の繁栄と歴史を物語る瀟洒な洋風建築が残っていた。 門司港駅 大正3年(1914)九州の基点駅「門司駅」(当時、昭和17年に門司港駅に改称)として開業。 ネオ・ルネッサンス様式の木造二階建て。昭和63年(1088)鉄道駅舎で初の国の重要文化財に指定 旧大阪商船 大正6年(1917)築の洋風木造二階建て、オレンジ色のタイルや屋根の一端にある幾何学的な八角塔が印象的な建物。 かっては「港の美貌」と呼ばれ、大陸航路の旅客待ち合室として賑わったと言う。 旧門司三井倶楽部 大正10年(1921)三井物産の社交倶楽部として建築。当時のモダンな姿が味わい深い。 一階はレストランと展示場になっているが、二階はアインシュタイン夫妻が宿泊した部屋が保存されており、併設の林芙美子資料室と共に公開されていた。 国の重要文化財に指定 旧門司税関と国際友好記念図書館 旧門司税関 明治45年(1912)築。昭和初期まで港の安全や監視をした。現在内部は吹き抜けの展示室カフェになっている。最上階は当時のまま望楼を備えている。 国際友好記念図書館 明治35年(1902)帝政ロシアが中国大連に建てたドイツ風建物を、北九州市と大連市の友好都市締結15周年を記念して複製建築したもの。 一階はレストラン、二,三階は図書館や資料展示室となっている。 |
九州紀行
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昨日の雨上がりの湿気と11月上旬並みの気温の上昇の為か、朝から濃い霧だった(北九州市だけに限らず 西日本各地が霧だったらしい)。 それでも昼頃までには晴れた。そこで門司港に出かけた。 門司港に着き、対岸の下関及びそこと結ぶ関門橋を見て驚いた。 海峡が霧に包まれており、関門橋がその上を跨いでいた。 良く見ていると霧は、周防灘側から響灘側に、橋の下を潜り抜ける様に流れ込んで行く感じだった。 時折少し霧が薄くなると、霧の中から対岸の山の頂や橋の主塔、橋桁が見え出す幻想的な風景を見せてい た。 門司側から見た関門橋(門司港岸壁から) 門司側から見た関門橋(門司港岸壁から) 見上げてみる関門橋(和布刈神社へ行く途中) 下関側から見た関門橋(赤間神宮前から) 下関側から見た関門橋(赤間神宮前から) |
小倉の繁華街のイルミネーションを見て回り,最後は商業施設の「チャ・チャ・タウン小倉」に来た。 「チャ・チャ・タウン小倉」に大きな観覧車があり、これにもイルミネーションされていた。 この点は他の場所の観覧車と同じだ。 このイルミネーションを写真に撮り、アニメーション風にまとめてみた。 |
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久しぶりに小倉に降り立った、通過することは随分多かったが。 JR 小倉駅に着いたのは19時頃だった。駅並びにその周辺は、他の地方と同様、随分変化していた。 昔の感覚で歩きまわれそうもない。地図を片手に今夜のホテル探しに外へ出る。 南口にはオブジェ風の綺麗なイルミネーションで飾ってあった。 なんでも「小倉イルミネーション2008」として、小倉市内各地でイルミネーションしているとのことだっ た。 幸いに今夜は風も無く、暖かい陽気なので、ホテルでチェックインを済ませると、カメラと地図を持っ て、イルミネーション見物に出かけた。 JR小倉駅南「流水の天使クリオネ」 中央の赤いハートがクリオネをイメージしている。クリオネって、姿に似ず、まるで悪魔の形相で捕食する肉食動物と言うことご存知? ホテル・クラウンパレス小倉 勝山公園大芝生広場 20mツリーと近郊の学校やNPO法人などの力作、手造りのイルミネーション約25点が広場に並ぶ 鴎外橋「光のトンネル」 25mの光のトンネルが2個連らなる。トンネルに一歩足を踏み入れると、そこはもう別世界 小倉井筒屋クロスロード「愛・時・祈り」部分 全長40m、高さ20m、総電球数約6万個、エリア最大とか 小倉井筒屋クロスロード「愛・時・祈り」全景
チャ・チャ・タウン小倉
中央広場のメイン・ツリーは高さ10mで七色に変化する |
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那覇空港駅と首里駅の間の12.9kmを沖縄都市モノレール線(ゆいレール)が、片道約30分で結んでいる。 2車両編成で、地上平均約10mの軌道上を走行する姿は那覇市のランドマークになりつつある。 発車を待つゆいレールの車両・首里駅にて 那覇空港駅から最初の駅「赤嶺駅」は我が国最南端の駅(北緯26度11分36秒)で、駅前にはそれを示すモ ニュメントが建っていた。 車両が停車している赤嶺駅前にて 因みに、普通鉄道(通常の軌条を用いた鉄道)ではJR九州 指宿枕崎線の西大山駅(北緯31度11分)が最 南端の駅である。 序でに、那覇空港駅は最西端(東経127度39分8秒)の駅である。 飛行機が飛び立つ那覇空港 那覇空港前のトックリヤシモドキ |


