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昨日(5月11日)は金沢市内を急ぎ見物して加賀温泉郷の一つ、柴山温泉のホテルに入った。
柴山温泉は柴山潟北湖畔に位置し、投宿したホテルの南に面した窓からは柴山潟が広がり、対岸の
片山津温泉のホテル・旅館群が良く見える。
柴山温泉は知名度が低いので知名度の高い近くの片山津温泉として宣伝することもあるそうで、
それにまんまと引っかかった様な気がする。
時々湖面中央から大噴水が吹き上げる。
パンフレットによれば、日に13回噴き、高さ70mまでに上がるそうだ。
今朝(5月12日)は台風6号接近の影響か、風が強く、水は相当流されていた。
今日は福井方面の観光するつもりでホテルを出たが、福井に着いた頃風と共に雨になった。
予定していた観光は止め、台風6号の影響で交通機関が乱れない内にと、早々神戸に引き上げた。
柴山潟と対岸の片山津温泉
湖上の大噴水
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北陸紀行
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いつの間にか薄雲が空を覆っていた。 石川門より金沢城に入る。 金沢城の正門だった河北門、三の丸広場越しの櫓、長屋、門の雄大な景観を眺め、建物にも入ってみる。 何れも既に投稿済なので御託は省略する。 最後は見残していた旧第六旅団司令部に行ってみた。 本瓦葺のフランス様式を取り入れた平屋建である。 明治31年(1898)建てられたもので、中央に玄関があり、左右対称の外観である。 煉瓦積みの基礎に腰から軒まではモルタル塗で、上下に開閉する窓が付いていた。 内部は入れず外から眺めるだけであった。 旧第六旅団司令部は周囲を緑に囲まれ、静かに立っていた。 石川門 菱櫓窓から橋爪門続櫓方向を望む 旧第六旅団司令部 |
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明日には台風6号が接近あるいは上陸するという天気予報の出ている11日、金沢に来た。 東茶屋街を見物した後、兼六園に来た。 GW明けの平日にも係わらず、思ったより人出は多かった。 撮影ポイントの霞ケ池畔の徽軫(コトジ)燈籠近くは撮影するのに長い列の順番待ちだった。 霞ヶ池に流れる曲水には杜若が満開で今は見頃となっていた。 霞ヶ池の畔を廻って、兼六園発祥の地と言われる瓢池(ヒサゴイケ)を見て、次の見物先である金沢城に移っ た。 曲水の杜若 曲水の杜若 瓢 池 周囲の若緑が美しい。左手の翠瀧は安永3年(1773)に造られた。 |
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11日東茶屋街から兼六園に向かって歩いていたら、街中にも係わらず立派な松を覗かせた住宅が
あったので、カメラを向けてパチリ。
門前の説明板によれば、もと藩政時代末期に知行200石を受けた藩医森快安の住宅で、万延元年
(1860)の建築と伝えられる。
覗く巨松は、折鶴の形をしているところから「折鶴の松」と呼ばれている、とのことであった。
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一乗谷を見物した後、金沢まで足をのばし、桜咲く兼六園に行ってみた。 一乗谷では大変天気が良かったが、金沢へ移動と共に雲が広がった。 金沢駅に着いた頃は何時雨が降っても不思議でないほどに曇っていた。 兼六園は予想とおり満開であった(4月1日にソメイヨシノの開花宣言があった)。 桜の見ごろ期間中は「桜祭り」で無料開放されており、人出が多く賑わっていた。 しかし、園内の桜を見物している間に、とうとう雨が降り出してしまった。 本当は、ライトアップされるまでいるつもりだったが、ほうほうの体で引き揚げてきた。 金沢城石川門 兼六園の道を挟んで向えは金沢城だ。 鴈行橋・旭桜 鴈行橋は11枚の赤戸室石が鴈が列をなして飛んでいる姿に作られていることからそう名付けられた石橋。 「かりがね橋」とも。石板1枚1枚が亀の甲の形していることから「亀甲橋」とも呼ばれる。 奥の松の木の近くの桜は旭桜と呼ばれている。 根上松 曲 水 1 曲 水 2 |


