ぶらりぶらり見て歩記

最初の目論見とは異なり、最近は寺社巡りが主になりました(^o^)

東海紀行

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名古屋の東にある平和公園に墓参りに来たついでに、久し振りに熱田神宮に寄った。

熱田神宮は、景行天皇43年(113)日本武尊が草薙神剣を宮簀媛命(ミヤスヒメノミコト)の手許(名古屋市緑区大高町

氷上、その後社地を熱田に定め祀った)に留め置かれた事跡が創祀とされる。

それ故、熱田神宮は平成25年(2013)に創祀1900年を迎えることを記念して、平成21年(2009)本宮の社殿を

建替えられていた。

熱田神宮には本宮、1別宮のほか、12摂社、31末社があるそうだ.

まず本宮を参拝。

去る3月11日発生した東日本大震災の被災地の復興と福島原発事故の一刻も早い終息、それに取り組んで

いる方がたの安全を祈願した。

この後、境内を巡り、摂社、末社を参拝した。

平日であった所為か、参拝者はまばらであった。


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                              本宮社殿
祭神熱田大神(三種の神器の一つである草薙神剣を御霊代としてよられる天照大神。
相殿神として、天照大神、素盞鳴尊、日本武尊、宮簀媛命、建稲種命 を祀る。


イメージ 3 摂社 上知我麻(カミチカマ)神社
八剣宮の南西に鎮座
祭神は乎止與命(オトミノミコト)
宮簀媛命、建稲種命の父神、尾張国の地主神
神社の拝殿左右に大国主命を祀る大国主社、
大国主命の子の事代主命を祀る事代主社がある。


イメージ 4 摂社 下知我麻(シモチカマ)神社
境内の北西の一隅にある。
祭神は真敷刀俾命(マシキトベノミコト)
上知我麻(カミチカマ)神社の祭神・乎止與命(オトミノミコト)
の妃で、日本武尊の妃・宮簀媛命の母神。
古くから旅行安全の神として信仰されている。



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                            末社 楠御前(クスノミマエ)社
祭神は伊弉諾尊、伊弉冊尊、俗に「子安の神」又は「お楠さま」と呼ばれている。
種々の病気を治す、殊に安産の神として信仰が篤い。
小鳥居に干支や氏名を書いて奉献するを願い事が成就すると言われ、垣の前には小鳥居が山積みになっていた。
なお、この社には社殿がなく、垣を巡らした中に社名の示すとおり楠の神木が祭られている。

イメージ 7 大 楠
境内には楠が多い。
手水舎北側にある大楠は弘法大師お手植えとも言われ、
樹齢は千年以上と伝えられる。

関 連 記 事




御前崎沖上空から

思い立って神戸から羽田に向かった。
 
飛行機は伊勢湾を横断し、三河湾を縦断し、やがて遠州灘に出た。
 
しばらく、太平洋岸沿いを飛行し、御前崎沖上空に来た。
 
ここからは、駿河湾越しに遠くに、冠雪した富士山がはっきりと眺められた。
 
日本一のランドマーク・富士山を見つけると、何故か子供みたいに興奮してし
 
まった。
 
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少し前流行った「浪漫飛行」をなお口ずさんでいた。
 
           
そこから逃げ出すことは   誰にでも出来ることさ
諦めという名の傘じゃ   雨はしのげない
何もかもが 知らない内に     形を変えて しまう前にいつか
その胸の中までも  曇らぬようにRight away
おいかけるのさ my friend
トランク一つだけで 浪漫飛行へ in the sky
飛び回れ このmy heart
wow  wow   uh  wow  wow  wow   wow
wow  wow   uh  wow  wow  wow   wow
                                            
 

伊勢湾上空から

先日TVを見ていたら急に東京へ行きたくなった。
 
天気もしばらくは良さそうだ。
 
早速ネットで手配すると翌日の朝の便で後部座席だったが窓際が取れた。
 
翌25日、神戸から羽田にむかって出発した。
 
家を出た時天気良好と思っていたが、機内から眺めると関西地方は意外に雲
 
が広がっていた。
 
しかし、伊勢湾上空に入るとほとんど雲が無く、下界の景色が良く眺められ
 
た。「デジタルカメラ使用は可」となっていたので、早速撮影した。
 
それでこそ窓際に座った甲斐があると言うものだ、と自己満足。
 
伊勢湾上空では、中部国際空港が眼下に、知多市を中心に、知多半島北・中
 
分、名古屋港などをよく眺めることが出来た。
 
この後、飛行機は三河湾を縦断し、御前崎沖、大島上空を通過していった。
 
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少し前流行った「浪漫飛行」を思わず口ずさむ。
 
           
逢いたいと思うことが   何よりも大切だよ
苦しさの裏側のあることに   眼を向けて
夢をみてよ どんな時でも     全てはそこから 始まるはずさ
君と出遭ってから  いくつもの世を語り明かした
はじけるほど my dream
トランク一つだけで 浪漫飛行へ in the sky
飛び回れ このmy heart
wow  wow   uh  wow  wow  wow   wow
wow  wow   uh  wow  wow  wow   wow
                                            

18時ごろ名古屋駅を降り東側に出た。空はすっかり暗くなっていたが、色鮮やかなイルミネーションで明るく照らされていた。

駅東側のセントラルタワーの2階に設けられている「タワーズテラス」と呼ばれる歩道からセントラルタワーと南側の名鉄百貨店に面した空間の「タワーズガーデン」には、街灯やフェイクの樹木にカラフルなLEDによるイルミネーションで飾られ、音楽に合わせ点滅していた。
それを学校帰りの学生、会社帰りの通勤者など多くの人々が、じっと眺めたり、携帯などで写真を撮ったりして、このイルミネーションを楽しんでいた。

イルミネーションは恒例で、今年は「ライツ・プロムナード2010」と銘打って、光と音の共演〜森の仲間と共に、をテーマとし、平成22年11月12日〜平成23年1月6日の17時〜22時30分 点灯しているそうだ。
 
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                タワーズガーデンにて
 
 
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                 タワーズテラスにて
 
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                  森の仲間たち

西国三十三所霊場第33番目札所の華厳寺を参拝するため、JR東海道本線穂積駅からタクシーで北に

向かった。おおよそ40分ほどで、目指す華厳寺に着いた。

華厳寺は、春は桜、秋は紅葉の名所としても知られている。

近畿地方では、10月26日に木枯らし1号が吹き、急激に寒さが増したが、当地の紅葉は未だ鑑賞に耐え得

るほどではない。

華厳寺は山号を谷汲山(タニグミサン)と称し、天台宗の寺であり、地元では「谷汲みさん」と呼ばれ親しまれ

ている。

開創は延暦17年(798)、開基は豊然(ブネン)上人(開祖)、大口大領(本願)とされる。

奥州会津郡黒河郷(現 会津若松市)の大口大領(オオグチ タイリョウ)が、観音堂を建てようとした。

夢のお告げによって榎の大木を得て、京都の仏師に十一面観音像を彫って貰い、奥州へ帰る途中、美濃の

谷汲村にやって来た。 すると、十一面観音像が、ここが結縁の地だと言って動かなくなった。

大領は、谷汲村で修行していた豊然上人と協力して、山を開き、寺を建て、十一面観音像を安置した。

これが華厳寺の始まりと伝えられる。

寺を建てる時、割った岩から油が湧き出し、その油で観音の灯明を灯したと伝えられる。

これが「谷汲」という地名の由来。そのことを耳にした醍醐天皇が、この寺に「谷汲山」の山号を贈っ

た。


門前で大口大領の子孫が蕎麦屋を営んでいて、そこの「満願蕎麦」を食べてくる様にと、Mさんから教え

られていたが、つい失念した。



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      仁王門と大草履
仁王門には大きな草鞋が奉納してあった。
仁王門をくぐると、更に本堂(観音堂)への長い参道が続き、左右に百八基の石灯籠がずらりと並んでいた。


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      本堂(観音堂)とその外陣
参道の突き当たり、石段を頂きに本堂が建っていた。明治12年(1879)再建
本尊:一面観音(文殊大士作、身の丈2mを越す)、脇侍:不動明王、毘沙門天
正面向拝の左右の柱には「精進落としの鯉」と称する銅製の鯉が打ち付けられている。満願した者は記念にこの鯉に触れる慣わしがあるとか。もっとも、;)にはその資格はないのだが・・。
世を照らす 仏の験し ありければ まだ灯も 消えぬなりけり



イメージ 5 笈摺堂(オイズルドウ)
笈摺(オイズル 木綿の白い着物)や草履、金剛杖、菅笠、朱印帳など巡礼者が身に着けていたもの、千羽鶴がこのお堂の中に奉納されていた。
西国三十三所の長い十例の旅を終えて、満願となった人々は、ここですべてを脱ぎ捨て、俗世間に再び戻っていくのだ。
今までは 親と頼みし 笈摺を    脱ぎて納むる 美濃の谷汲み




イメージ 6 満願堂
本尊:十一面観音
何故か、周囲に狸の石像が多く置かれていた。
万世の 願ひをここに 納めおく    水は苔より 出る谷汲み 




イメージ 7 苔の水地蔵(貼り仏)
本堂の裏に安置してあった地蔵様。身体に具合の悪いところや、病むところがある人がお地蔵様の同じ部分にお札を水で湿らせて自分の手で貼り付けて祈ると良くなるとのこと。
見ていると、(偶々かも知れないが)祈っていくのは若い女性が多かった。

イメージ 8 三十三所堂
参道沿いに建っていた。

イメージ 9 経 堂
参道沿いに建っていた。

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