ぶらりぶらり見て歩記

最初の目論見とは異なり、最近は寺社巡りが主になりました(^o^)

大阪案内

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大阪天満宮の天神祭の陸渡御を良く見物しようと、天満宮神門前に移った。

やがて、第3陣の鳳神輿、ついで玉神輿が出てきた。

華麗な神輿は威勢よく舞い上がり迫力満点であった。

この後、天神橋に移り、船渡御の出発を眺めた。

クレーンで船に催太鼓納められたを催太鼓船は18時ごろ、乾杯の後、御旅所に向かって出発していった。

この後も順次、奉安船、供奉船が出発していった。

船渡御の船団が出発していく間、鐘太鼓鳴らして漕ぎまわる「どんどこ船」や伝統芸能を伝える文楽船な

どの舞台船が出て、祭気分を盛り上げていた。

供奉船の中には橋の上の見物人にまで向かって「大阪じめ」を呼びかけ、見物人たちもそれに応じてい

た。      打ちましょう    チョン チョン

        もうひとつせ〜  チョン チョン

        祝うて三度    チョチョンガ チョン
 

最後の玉神輿船が出発していったのは、もうすっかり暗くなった19時半ごろだった。

その頃には、花火が打ち上げられていた。

:)がいた天神橋からでも花火が見られると、事前に聞いていたのでずっと天神橋の上にいた。

確かに花火は見られた。

しかし、それは、空高く舞い上がる花火ではなく、ビルの間、あるいは屋上越しにわずかに見える程度の

花火で、期待から大きく外れるものだった。

(失敗した、大川上流の源八橋、都島橋あたりに居るべきだった)

花火は諦め、20時少し過ぎ、催太鼓船が戻ってきたのを機に帰路についた。




イメージ 1 鳳神輿 




イメージ 2 玉神輿 



イメージ 3催太鼓船出船の乾杯     



イメージ 4出発しようとする供奉船たち  




イメージ 5 どんどこ船   



イメージ 6 文楽船   



イメージ 7玉神輿船     
船渡御最後尾の玉神輿を乗せた船の出発は19時半を過ぎていた。


イメージ 8中之島剣先     
船渡御の船団が去り、暗く静かになったが見物客のほとんどは去ることなく船渡御の帰りを待っていた。
花火は残念ながら、天神橋の上からでさえビルの頂越しにわずかに見られただけだった。



イメージ 9催太鼓船帰還     
8時少し過ぎ、船渡御の先陣「催太鼓船」が戻ってきた。


大鳥居近くの歩道橋 から下り、天満宮前の角に移ると、獅子舞や采女(ウネメ)、親に付き添われた稚児、文

車(フグルマ)などが続いていた。

少し間があって、第二陣が総奉行を先頭に大真榊(オウマサカキ)、御羽車(オハグルマ)、御錦蓋(オキンガイ)、御菅蓋(オ

カンガイ)、雅楽隊等、御鳳輦(ゴホウレン)、斎主などが続いて行った。


イメージ 1 采女 




イメージ 2 文車(フグルマ) 
菅原道真手持ちの本を運ぶ



イメージ 3総奉行     



イメージ 4大真榊  




イメージ 5 御錦蓋   
晴儀用の御蓋(日傘)



イメージ 6 御菅蓋   
雨儀用の御蓋(雨傘)




イメージ 7雅楽器     



イメージ 8御鳳輦     
菅原道真の御神霊を奉安した神輿
渡御の中心的存在



イメージ 9斎主     

7月24日・25日は天神祭が催された。

大坂を代表する夏祭りで、大阪天満宮の大祭だ。

長らく関西に住みながら、一度も見たことが無かったので、25日15時ごろ見物のため大坂に 出てきた。

地下鉄で南森町まで行き、そこから天神橋商店街に入ったが大変な人ごみであった。

大阪天満宮北門 から境内に入ったが、既に陸渡御が始っており、その見物人や列の関係者の待機で社殿

後方で進めなくなった。 

境内は諦めて、一旦外に出て、大きく迂回して、天神橋筋の大鳥居の前で陸渡御列を眺めようとした。

ここでも人出で近づけない。

幸いにして近くに横断歩道橋があったのでそこから見物した。

既に先陣の催太鼓は過ぎた後だったが、列を先導する猿田彦、神鉾(カミホコ)、地車(ダンジリ)、猩々山車(ショウ

ジョウダシ)までを見物した。

歩道橋の上からは何とか見物出来るが、列から少し遠すぎて、祭りの熱気は感じられない。

面白くないので、列が少し途絶えた機会を捉えて他に移動することにした。



イメージ 1 天神橋商店街の人出 




イメージ 2 4時ごろの大阪天満宮境内 



イメージ 3催太鼓     
渡御列の先陣
大鳥居前では撮り過ごしたので天神橋近くに来た時撮った。
真っ赤な投頭巾を被った願人と呼ばれる打ち手が、前後に飛ばされそうになりながら、豊臣家から拝領した大阪城の太鼓と伝わる太鼓を打ち鳴らす。
独特のリズムと重低音の響きは祭を盛り上げる。



イメージ 4猿田彦  
馬に跨った天狗の面の猿田彦が渡御を先導する




イメージ 5 神鉾   
鉾流神事は祭の開幕を告げる。



イメージ 6 地車(ダンジリ)   



イメージ 7猩々山車(ショウジョウダシ)     



   関  連  記  事



   
久しぶりに「グランフロント大阪」を覗いてみようと、JR大阪駅で下車した。

目の前の「うめきた広場」には、3か月限定のスケートリンク「つるんつるん」が設けられ、滑りを楽し

んでいる人が多くいた。

グランフロント大阪の西側の旧JR貨物梅田駅跡は、建物やレールはきれいに取り払われ整地されていた。

グランフロント大阪は相変わらず人出が多かった。人の波につられて北館ナレッジキャピタル イベント

ラボまで来た。

そこでは2月15日までの予定で「チョコレート展」を催していた。

チョコレートの元のカカオの樹の紹介に始まって、歴史、日本への伝来、生産国、製法などを紹介してお

り、一通り見るとチョコレート通にはなれそうだ。

他に国内メーカーの懐かしい製品のパッケージラベルなども展示していた。

ヨーロッパに入り、固形チョコレートが登場するまで、嗜好飲料として発展した。

そこに使われる容器、チョコレートポット、チョコレートカップも発展した。

:)的には、そのコレクションが一番気に入り、暫く見とれていた。

最後に大手前製菓学院専門学校によるチョコレトアートが展示してあったが、これは付足しという感で

あった。

世界の名品とか珍品とか、日本で馴染みのない食し方などの紹介を期待したが、無かったのは残念だっ

た。

イメージ 1

                              うめきた広場
設けられたスケートリンクはアイスではなく、樹脂製プレートを敷き詰め水溶性潤滑剤を塗布したものという。




イメージ 2 チョコレート展入口




イメージ 3 チョコレートポット(部分)





イメージ 4 チョコレートカップ(部分)




イメージ 6 チョコレートアート「動物保護図」




イメージ 5 チョコレートアート「森たけしと辛坊治郎」
中之島は北は堂島川、南は土佐堀川に挟まれ、はほぼ東西に長い淀川の洲である。
 
その中之島の中央を、難波(南)から梅田(北)に通じる御堂筋が貫いている。
 
南側の土佐堀川には淀屋橋が架かり、北側堂島川には入江橋が架かっている。
 
そして、その2つの橋の間、即ち中之島の東側には大坂市役所庁舎、西側には日本銀行大阪支店が
 
建っている。
 
御堂筋の公孫樹並木のイルミネーションは淀屋橋手前で終わってしまっていたが
 
市役所庁舎と土佐堀川にはさまれた遊歩道、市役所庁舎正面にはイルミネーションが施され、
 
日本銀行大阪支店にはライトアップされ、周囲を煌かしていた。
  
イメージ 1
大阪市役所南側(土佐堀川北岸側)遊歩道
 
 
イメージ 2
大阪市役所正面
 
 
イメージ 3
日本銀行大阪支店
 
 
イメージ 4
日本銀行大阪支店正面
 
 
 
 
 
 

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