ぶらりぶらり見て歩記

最初の目論見とは異なり、最近は寺社巡りが主になりました(^o^)

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御堂筋ぶらり


寒さが和らいだので梅田から御堂筋を難波方向にぶらぶら歩いた。

堂島川に架かる大江橋、土佐堀川に架かる淀屋橋を過ぎる。大阪の中心部だけあって平日にも関わらず、

人出は多かった。


イメージ 1大阪商法会議所跡の碑
高麗橋3を過ぎたところに三菱UFJ銀行大阪中央支店の前の植え込みに「大阪商法会議所跡」の碑があっ
た。
碑文には大阪商工会議所の前身である大阪商法会議所が明治11年ここに建てられ、五大友厚等の功績が刻まれていた。


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                      芝川ビル
三菱UFJ銀行大阪中央支店の東南向え角に南米のマヤかインカを連想させる装飾を施した地上4階(地下1階)のクラシックなビル。
昭和2年(1927)築で、唐物商から不動産業に転じた芝川又四郎が建てたもので、昭和4年(1929)〜昭和18年(1943)女子教育を目的とした「芝蘭社家政学園」の校舎に使用されていたそうだ。


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                      大阪ガスビルディング
平野町3角にある昭和8年(1933)築のビルだそうだが、もう現代的なビルだ。

真冬と思えない穏やかな暖かい日和だ。大ジ主である:)は平癒祈願の為、広田神社に参拝しようと南海線

今宮夷駅で下車した。



イメージ 1広田神社社頭
駅直ぐ近くの今宮神社は新年のためか、それとも十日恵比須のためか、その準備で人が出入りしていた。
今宮神社から数分の所に広田神社があった。こちらは提灯などの飾りは済んで静かな様子だった。

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広田神社拝殿
広田神社は天照大神を祀っている。
その由来は神功皇后が三韓征伐の帰路、難波に向うと船は進まなくなった。
そこで占ったところ、天照大神から摂津国広田の杜に祀れとの神告があったのでここに祀ったのが
起源と伝えられている。

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拝殿に掲げられた絵馬
奉納された絵馬の図柄は一つが馬で、もう一つがアカエイ(関西ではアカエと呼ぶ)であった。

アカエは広田神社の神使とされている。

アカエは痔疾を始め難病悪疫の守り神として広く信仰されている。

とくに痔疾にあらたかだとされるのは、アカエの尾には鋭いトゲがとびだしていて、これに刺されると傷

口は荒れ、その毒によってものすごい痛みをおぼえるからで、漁師はアカエを捕らえると同時に尾の付け

根からぷっつりと切り落としてしまうそうで、この尾を断ち切ることをアカエを絶つことにかけて、トゲ

に刺された痛みにも似た疾患をなくすと言った信心が生まれたかと思われる。

広田神社のある辺りは昔は漁師町だった。舟底の冷えなどで痔疾の漁師が多く、アカエ信仰と結びついた

かもしれない、といった説明(エッセイスト額田武)が社頭近くに記してあった。


イメージ 4絵馬棚の絵馬
絵馬棚に奉納されている絵馬の図柄は、干支のものに混じってアカエのものが多くあった。

三休橋筋を南に歩いていくと、茶褐色の落ち着いた雰囲気の大きな建物が聳えていた。

昭和6年(1931)日本綿業倶楽部の施設として竣工した「綿業会館」で、国指定重要文化財。

綿業会館は、東洋紡績専務岡常夫の遺族から贈られた100万円と業界からの寄付の50万円の計150万円(現

在では75億円以上に相当)を基に建設されたもので、現在もビジネス倶楽部として利用されている。

鉄筋コンクリート造り6階で、設計は渡辺節、村野藤吾。

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外観


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玄関


イメージ 3玄関 中扉


イメージ 4玄関ホール
綿業会館建設に貢献した岡常夫の像が中央に鎮座していた。
吹き抜けの玄関ホールはイタリアのルネッサンス様式。
談話室はイギリスルネッサンス初期のジャビアンスタイル、会議室はフランスのあんぼーるスタイルと異なる様式が使われており、内部は絢爛を極め完成度が高い。

三休橋筋散策1

久し振りに大阪の街中に出てきた。中之島公園を散策した後、北浜2から三休橋筋を南に本町2までを

ぶらりぶらり散策した。

三休橋筋にも趣のある建物が建っているのを発見した。


八木通商大阪本社(旧大阪農工銀行)

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レトロな雰囲気のあるビルだ。現在は鉄筋コンクリート造りの3階建てだが、元々は二階建てで大正6年

(1917)築で辰野・片岡建築事務所が手掛けたビルだそうだ。3階部分は後の増築によるものだ





シェ・ワダ高麗本店(旧大阪教育生命保険)


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レンガ造りの風格ある建物だ。明治45年(1912)築で、辰野・片岡建築事務所がの設計とのこと。


日本基督教団 浪速教会

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鉄筋コンクリート造3階建ての建物。昭和5年(1930)竣工で、設計は竹中工務店、ヴォーリス建築事務所。

数日前から急に寒くなった。今年もあと2週間となった年末故、この位の寒さは、あって当然なのかもし

れない。

世間ではインフルエンザが流行しているようだが、今年春に比べてマスクしている人が少ないのはどうい

う訳だろうか?

先週末、:)はとうとうインフルエンザに罹ってしまった。風邪気味だったので病院で診てもらっ

たら、A型インフルエンザ(新型、季節性の区別まではしなかった)陽性と診断され、1週間おとなしく家

に引っ込んでいた。幸いに平癒したようなので、1ヶ月ぶりに四天王寺に出かけ、石神堂や不動堂にお参

りした。

その帰り、新世界に向って緩やかな坂の逢坂を下りる。

安居神社を過ぎ、松屋町筋の入口に来ると小さなお堂が建っていた。

ここが「摂州合邦辻閻魔堂」だ。閻魔大王を祀り、頭、脳、咳の神様として昔から庶民の篤い信仰を集め

ている。また、浄瑠璃では、俊徳丸を巡る物語の舞台として馴染みだ。

閻魔堂の歴史は古く、聖徳太子が反仏派の物部守屋と仏法について討論を行ったと言い伝えられ、その為

「合法ヶ辻」と呼ばれるようになったと言う。

その後、守屋は滅び、聖徳太子がこの地に一寺を開基した。創建時には大伽藍を有した寺院だったらしい

が、幾度の兵火により焼失・衰退し、その名残りとして辻堂だけが残った。

明治中期には融通念仏宗四方寺の境内に移ったが太平洋戦争で焼失し、戦後現在地に再建されたもの。

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                            摂州合邦辻閻魔堂
うっかりしていると見落としそうだ。


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                             閻魔堂内部
祀られている尊像は、天井から垂らされている布で良く分らなかった。

ここでも、インフルエンザ平癒のお礼と、今後の健康を祈ってきた。

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