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四万十川は全長196km、最期の清流として喧伝されている。 4年ほど前に河口近くの汽水域での遊覧をしたが、今回は国道441号を遡り、河口から約25km上流で遊覧 をした。 両側に山が迫っているが、流れは、一部瀬を除き、流れているのかいないのか分らないほどゆったりして いた。 四万十川には本流だけでも22本の沈下橋がかかっているそうだが、その三番目に長い高瀬沈下橋があっ た。 沈下橋は増水した時、流木などで橋が流されないように沈んでしまうように設計された橋で、要は欄干の ない橋だ。 訪れた時は台風12号が来る2日前で、水位は橋より相当下であったが、今回の台風12号上陸の影響でどう なっているであろうか? 陽は相当斜めになっていたが、緑の山々、青いゆったりとした四万十川はなかなかよかった。 初夏には源氏蛍が乱舞するという、そのころぜひ来たいものだと思った。 遊覧船乗り場 今日の最期の客らしい。流れの先に高瀬沈下橋が望まれる。 高瀬沈下橋 昭和48年(1973)架設、全長232.3m、幅3.4m 四万十川の流れ |
四国紀行
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のろいくせに大型で強い台風12号が高知に上陸し、四国・中国と横断し各地で被害をもたらしている。 その台風12号が来る二日前、土佐くろしお鉄道に乗る為に、高知県安芸市へやって来た。 土佐くろしお鉄道は第三セクターの鉄道会社で、中村・宿毛線、とごめん・なはり線を運行している。 そのうち御免と奈半利間42.7kmを走る「ごめん・なはり線」は、単線ではあるが高架で、土佐湾の海岸に 沿って走るので、海側の車窓からの景色が良いと云う。 その中の赤野駅から夜須駅まで乗車することにした。(所用時間十数分) 赤野駅の直ぐ近くには黒潮押し寄せる土佐湾の海岸となっており、砂浜にはハマゴウが群生していた。 各駅には「アンパンマン」の作者として有名なやなせたかし氏によるイメージキャラクターがあり、 駅のホームなどに描かれている。 赤間駅は、「カモメちゃん」で、夜須駅は「にんぎょちゃん」であった。 しんたろう1号と愛称(愛称の由来は聞きわすれた)の列車がきた。 正面から見ると普通にありふれた列車であるが、側面を見ると、列車の海側はオープンデッキとなってお り、列車から景色が眺められるようになっていた。 潮風に吹かれながら眺める土佐湾の青い海、浜に押し寄せる白い波ー台風の所為か白い波が大きい、浜 の松林、の景色は良かったが、変化に乏しかった。 赤間駅近くの海岸 ハマゴウ イメージキャラクター 赤間駅の「カモメちゃん」と夜須駅の「にんぎょちゃん」 しんたろう1号 海側はオープンデッキとなっており、車体には各駅のイメージキャラクターが描かれていた。 車窓からの景色 |
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昼頃伊予西条に着いた。駅のフォームには水が湧き出ている水呑み場のモニュメントがあった。 伊予西条は石鎚山系の伏流水が湧き出ており、「水の都」のキャッチフレーズで町おこしをして いるらしい。 駅から徒歩約15分の所に、陣屋跡があった。現在は西条高校となっていた。陣屋跡とはいえ、流石に 「水の都」らしく立派な堀が巡らされていた。 陣屋の名残りとして大手門が高校の正門となり、その脇には腰巻土塁も残っていた。 この陣屋は寛永13年(1636)伊予西条に入封した一柳直重が築城したものだ。 |
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国道11号を鳴門市から徳島市に向かう途中、徳島空港に入る道の近くに近在では有名なハレルヤ製菓の工 場があり、見学が出来る、と言うことだったので寄って見た。 入ってみると、ケーキや饅頭などの販売所で、ここで喫茶しながら食べることもできるパーラでもあっ た。そこからガラス越しに製造ラインを見られると言うようになっていた。1階は饅頭、2階はケーキの ラインだ。しかし、昼食時間帯だったらしく人気はなく且つ製造している気配はなかった。 前は広い駐車場となっており、その一画にある別棟で土産物や実演販売していた。 さらにその奥は阿波の里と言う和食店だ。外見は濠、石垣、白壁の建屋と、まるで陣屋を連想させた。 入っていくと茅葺き民家風の離れと梅林がある趣向をこらした庭となっていた。 梅の蕾は未だ固かった。 |
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本丸から三つの登城道の一つ、黒門口登城道を下り、二之丸史跡庭園に来た。 明治5年(1872)に焼失した二之丸邸の間取りを遺構の上を整備し公園にしたもので、平成4年に開園した。 多門とそれに続く板塀は重厚な感じを与える。 部屋の間取りの中を水が流れる。洋式庭園の趣があった。 |



