ぶらりぶらり見て歩記

最初の目論見とは異なり、最近は寺社巡りが主になりました(^o^)

四国紀行

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海抜132mの勝山山頂の本丸に行くには3つの登城道がある。

しかし、:( はお金があるのでロープウエイ乗り場からリフトで登った。

松山城本丸は石垣で囲まれ、堂々とした櫓、頑強な門が幾重にも建ち、その奥に小天守、天守が

そびえる予想以上に堂々たるものだった。

松山城は明治以降放火や戦災で小天守や櫓、門の幾つかは焼失したが、

昭和41年(1966)から全国にも例をみない総木造により復元が進められた結果が今見る本丸だ。

しかも、焼失を免れた天守をはじめ幾つかの門や櫓は江戸時代からのものであり、

これらは一時国宝に指定され、現在は国の重要文化財に指定されている。

本丸内を歩き、櫓、天守内を回っていると、侍たちが今にも現れそうな気分になった。

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大手門跡横から石垣の向こうに天守を望む。手前の櫓は太鼓櫓

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屏風折れの石垣上から天守を望む




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天守入口一の門前から天守を望む



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小天守から一の門方向を見下ろす



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天守から乾門方向を見下ろす



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天守からの眺望
松山市の中心にある城山公園にはいる。

松山城の旧三の丸で、ここから勝山に築かれた松山城が一望できた。

松山城は、海抜132mの勝山に本丸 を置き、中腹に二の丸、山麓に三の丸(堀の内)を置く広大な規模を持

つ、姫路城と並ぶ典型的な連立式平山城である。

松山城は慶長7年(1602)加藤嘉明により建設が始められ、二の丸を含む城郭全体が完成したのは、

次代の蒲生忠知の時代(1627〜1634)とされる。

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堀の内には、堀と土塁以外に往時を偲ばせるものは見当たらない。

現在、野球場、競技場が造られているが改修か取り壊しか、知らないが

工事中で立ち入り禁止になっていた。

これから本丸、二の丸へと足をのばした。
松山の県庁近くを歩いていると、路面電車の線路を坊ちゃん列車が走っていた。

勿論漱石が居た頃の蒸気でなく、また電車でなく、

汽車の姿したディーゼル機関車で、かわいい客車(坊ちゃんには「マッチ箱の様な汽車」といわれてい

る)を2輌つなげ、観光客を乗せていた。

おもしろいので思わずシャッターを押した。

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JR丸亀駅から南方向に石垣の美しい城址が眺められる。

標高66mの亀山に築かれた平山城。別名亀山城ともよばれる丸亀城だ。

本丸、二の丸、三の丸、帯曲輪、山下曲輪があり、東西約540m・南北約460mの内濠内が史跡範囲

です。「石の城」と形容されている名のとおり、丸亀城は石垣の名城として全国的に有名です。

とパンフレットに記載されている。

JR丸亀駅から徒歩約15分、商店街、官公庁街を抜けると丸亀城の濠の前に出た。

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丸亀城は、生駒親正によって築城され、慶長7年(1602)に完成したが、

その後一国一城令により廃城になった。

生駒四代の後、寛永18年(1641)入封した山崎家治が翌年から修築に取り掛かり、

現代の城郭はほぼこの時代のものである。

因みに、万治元年(1658)から京極氏の居城となり明治まで続いた。

現存する天守や一の門、二の門、藩主玄関先御門・番所・御駕籠部屋・長屋は京極氏時代に完成したもの

である。

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大手二の門、一の門
城内側の櫓門を一の門、濠端の高麗門を二の門と呼ぶ。寛文10年(1670)完成、国指定重要文化財










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藩主玄関先御門への通路
大手二の門、一の門を抜け、右手に折れた道。城内の雰囲気が一番出ているところだった。










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藩主玄関先御門
京極氏の屋敷の表門。形式は薬医門。この門に接して番所・御駕籠部屋・長屋がある。
現在屋敷跡は芝生公園や資料館となっている。









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三の丸北側の石垣
丸亀城の石垣の中で最も高い所で、20m以上の城壁が続く。隅角部の石垣は算木積みされた美しい
曲線美で、扇の勾配と呼ばれている。

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天守
山上の最高所が本丸である。天守は3層3階の日本一小さな現存木造天守で、国指定重要文化財である。
本丸には天守のほか、隅櫓、多門、土塀が石垣上に巡っていたというが、今は天守以外何もない。
万治3年(1660)完成で、四国内で一番古い。







天守からの眺望

天守からは丸亀市街は勿論、その先の瀬戸内海の様子が手に取るように眺められた

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徳島県の北端鳴門公園に足を運んだ。鳴門海峡の対岸は淡路島。

風車が10機以上立っているが、天気が良くない所為かかすんでいる。

淡路島とは大鳴門橋で結ばれている。

橋の下はかの有名な鳴門の渦潮が渦巻いており、観潮船が回っていた。

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:(も「渦の道」を歩いて渦潮を観に行った。

「渦の道」とは大鳴門橋補剛桁の空間に設置された遊歩道だ。

(つり橋のロープの端をがっちり押さえ込んでいる)アンカレイジから渦潮の真上にある展望室まで約450mを歩く。

展望室は海面から約45mあり、床の展望ガラスや橋桁から眼下の渦潮を眺めることができる。

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豪快で激しく渦巻く渦潮の様子が良く観られた。

だが、視野が限られ、振動や音響が伝わらない所為か、迫力さではやや不満が残った。

迫力さを求めるなら観潮船からのようだ。

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平成20年(2008)2月19日追記
今日は天気がよいので対岸の風力発電の風車はよく見えた。

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