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『成功は他人のお陰、失敗は自分のせい』(氷室 京介)

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排除よりも修正を

shishira2004さんのコラム「ある教育実習生に激怒?!」からのTB。

σ(゚∀゚ オレも教育実習に行ったことはあるが、正直イヤな思い出しかない。
完全に教師と言う職業に失望し、見切りをつけたと言っても過言ではない。
shishira2004さんはコラムの中で、「生徒は自分と年齢がそれほど離れていないから、
素の自分を彼ら(教育実習生)にぶつけてくることが多く、実習生が来たことで、クラス担任としては
生徒指導上のヒントを得られる絶好のチャンス」と述べられている。
プロである教師がセミプロ・プロの卵である教育実習生から刺激を受けたり、
プロの立場では気付かないことを教育実習生を通して知ろうと言うのは素晴らしい姿勢。
教師と職場環境は大卒(院卒)ばかりなので、中卒〜院卒と様々な人が一緒に働く他の職場に比べ、
どうしても価値観が固定化される傾向が強いため、
(昔から、教師は自分の住む地域に帰れば、地域交流を余りしたがらない人が多いこともそのため)
静脈硬化を起こし易いし、公務員ならではの「事なかれ主義」も蔓延し易い。

σ(゚∀゚ オレは国立の中学卒業である。
国立中の多くは研究の場をしての役割も担っている性質上、
国立中に赴任してくる教師は皆、何を研究しているかや教師としての資質、これまでの実績等が
管轄する教育学部の教授によって審査されるため、
国立中に通う生徒は「リーマン教師」「ダメ教師」等の問題教師に遭遇することはまずない。
クラス担任が全教科(学校によっては変わることもある)を指導し、
他の教師とは余り交流の少ない小学校から、教室移動・教科担当制で色々な教師と関わることになる
中学以降に於いて、素晴らしい教師に巡り会えるかはかなり影響が大きい。
ただでさえ、生徒は第2時反抗期に突入しようとする年頃、
大学時代懇意にして貰った教授曰く、「中学校では問題が起きて当たり前」な環境で、
「実は大人って素晴らしい」「やっぱり大人ってダメじゃん」では全然違ってくる。
幸いな事に、σ(゚∀゚ オレは前者であったため、その頃は「教師っていいな」と自然発生的に感じていた。
しかし、高校に進学して、初めて逢う「ダメ教師」がいかに多いのかを思い知らされることになる。
生徒に責任を押しつけ、自分は事なかれ、酷いと「私の出世に響く」と言ってくる教師、
(実際いました。生徒のことを省みず自分のことしか考えられない大馬鹿が)
最悪だったのは、「オレはお前のことが気にくわない」と全面的に表に出し、攻撃してきた教師。
(コイツは何かにつけて生徒を誹謗中傷していたため、周囲の教師からも煙たがれていた)
こーいった教師から被害を受けないようにするため、「こーいった大人にだけはならないでおこう」と
生徒側の自己防衛策(反面教師扱いする)が必要だが、反面教師と見なすには、
「素晴らしい教師」に巡り逢っている、もしくは周囲に比較出来る教師の存在が必要。

大体の場合、教師を志す動機になるのは、素晴らしい教師に巡り会い、影響を受け、
「自分も将来は○○先生のように素晴らしい教師になりたい」と感じたからだと思う。
(「教師=公務員=安定してる」と「教師にでもなるか」の存在もいるため、断言は出来ない)
中には、薄々教師への憧れを抱いて教育学部に進学したことで教師を志す人もいるだろう。
σ(゚∀゚ オレも高校時代の「ダメ教師」との遭遇をきっかけに教育学に興味を持つも、
かといって完全に教師になりたいわけではなかったため、教員養成学部ではなく教育学部に進学した。
σ(゚∀゚ オレみたいな「薄々教師に憧れ」を持つ人は、教育実習での経験で適性を見極めたり、
「よしっ、オレも」と教師になる決意を確固たるものにすることも少なくない。
そーいった人は「教師になる前に経験を」と教育実習に臨む学生とはモチベーションが全然違うので、
学生感覚のまま生徒に接し、色々問題を起こすことも大いにありうるだろう。
「生徒にとっては、実習生も現場の教師同様プロとみなされる」ため、
実習生だからと甘えはゆるされないものの、だからと言って「薄々教師に憧れ」を抱いた学生を、
σ(゚∀゚ オレのように「完全に失望」させていいものでもない。
σ(゚∀゚ オレが遭ったケースで言うと、
 ・「自分のスタイルで(授業していい)」と言っておきながら、自分の枠組の範囲内に制限する
 ・指導教官が何も指導・助言・忠告しない
 ・他の教師からの(修正ではなく排除しようとする)言動
が実習先の学校で起きた。
実習に臨むにあたり、学生間のモチベーションの差は確実にあるだろう。
モチベーションに差はあっても、それを良い方向に持って行くよう導くのも指導教官の仕事。
薄々ではあるものの、教師を志して実習に参加してることには変わりはない。
(それより低いと、実習前に諦め参加自体しない)
(加筆)
加えて、実習生には「単位」と言う人質を取られているため、実習生は非常に弱い立場である。
たとえ自身に気がなくとも、プロの目から見て問題と思う行動に対して弁解すら出来ない。
shishira2004さんは「教師になるための資質を図るのではなく、教師の職責の一端を学び、
教科指導・生徒指導にどれだけ積極的に努めたかが問われるものであるため、
余程のことがない限り評価はA(優)になる」と言ってるが、
σ(゚∀゚ オレの教育実習先の評価はD(不可)と大学側に通達されてきた。
当然、自身には心当たりがなく、余りに問題を起こしすぎて「実習中止」にならない限り、
殆どこーゆー評価はつけられない(教授曰く)ため、教授が実習先の学校に詳細な評価表を請求し、
σ(゚∀゚ オレ自身も日誌のチェック及び面接(殆ど取り調べ)を受けるハメになった。
で、教授が客観的に判定し、σ(゚∀゚ オレのおとがめはナシと言うことでC(可)に修正された。
教授曰く、「悲惨な目に遭ったな」((ノ_-;)ホントダヨ…)

「教師=導師であれ」と言う言葉がある。
「生徒の人生に影響を与える職業」と言った教授の言葉も補足すると、
自身が他者に与える影響の大きさも自覚して貰わないと困る。
σ(゚∀゚ オレは「職業・教師」には完全に失望し、たとえ望まれても全くやる気はないが、
教育(学)自体に興味・関心を失ったわけではないので、こーやって教育コラムを書かせて貰っている。
教育(学)に興味・関心のある者、教師を志す者、実際に教育現場に立つ者、etc、
このブログを通じて色々な意見・考えを交わして、
相互の(知識的)成長の場にしていきたいし、そーであってほしいと思う。

閉じる コメント(3)

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TBありがとうございます。 指導教官は、学生に対して責任を持って指導に当たります。あくまでも実習ですから、評価は努力値です。何も指導しないのにD(不可)評価というのは考えられません。必然的な努力によって、教師の仕事の厳しさを身をもって理解するのが実習のあり方と思いますが、あまりにもひどい実態を聞き、驚きでいっぱいです。このような排他的教師集団は、教育者とは言いがたいものです。

2005/4/1(金) 午後 4:57 [ - ]

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僕も教員免許は持ってますが、一度も教員になりたいと思ったことはありません。学校の先生の子供に対する影響力を身にしみて知ってるからです。おいそれと簡単に就ける職ではあってはならない気もするのです。

2005/4/1(金) 午後 6:10 [ ozz**oseza*k ]

現在教育実習を受けていて、いい先生と、悪い先生の差がはっきり見えて、いい先生は生徒のことを思いやって、部活にも積極的に参加をし、生徒指導、掃除、給食ということにつけても、細かくみているので、心から尊敬しています。が、悪い教師は、こんな人が担任持っていいの!?と思うぐらい駄目な人がいます。このモチベのないサラリーマン教師の下ではなにもいいものを子どもはえれないと思いました。子どもが話しかけるのをうざそうにするしぐさ…。部活したくない…ともらしているところ…。先生はやはりただの人間だと感じました。

2005/6/18(土) 午後 1:40 [ m_m*tsu*o1* ]

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