|
もーね、マジこの言葉聞く度に思います。 韓国や中国がいつまでも日本に対し戦争への謝罪と補償を求めて 恨み辛みで発言している様に、 沖縄人の「内地」って言葉も同じようなニュアンスを含んでいるようにしか聞こえません。 軽い気持ちで内地と言う沖縄人には、 言われた側が「差別されてる」と考えないのでしょうか? 確かに、太平洋戦争中の沖縄は本州防衛のための捨て石にされ、 本州=内地、沖縄=外地のイメージが固定化されたまま、 現在においても日常的に使われています。 これまで何度となくコラムで書いてきた様に、 かつて、在日外国人が自分達のことを「ガイジン」とその人の持つ背景等を一切無視する形で 他の国々の「日本人でない」外国人と一括りで呼称されるのは差別意識の表れだ! と非難したことがあります。 本州各地に住む、沖縄人でない人々を「ナイチャー(沖縄語で「本州の人」)」と呼称し、 自分達が沖縄人と呼ばれる事に対しては煙たがる傾向がかなりあります。 自分達がされて嫌なことを、相手にはしてよいのか? はっきり言って、幼稚園〜小学校で行われる躾のレベルを、 沖縄人はわかっていない様に思えてなりません。 「内地という言葉は単に本州のことを言うだけで、差別意識で使ってるつもりはない」 と、多くの沖縄人は反論するでしょう。 でも、実際に言われて不快に思っている人がいるのに、 「昔から使っているから」との理由だけで使い続けるのはどうでしょう? 古来より言葉には霊魂が宿っているという「言霊思想」がある。 「戦時中、外地扱いされ、見捨てられた」と根底に恨み辛みが残る沖縄人が、 「内地」という言葉を未だ捨てきれないのは、そのためであろう。 だから気軽に本州のことを表現するのに「内地」という言葉を使い、 「自分達とは違うんだ」との意識を如実に表しているのである。 某蜜柑ユニットが他の地域の住民のことを酷評し、 簡単に「沖縄最高っ!!」と発言するのに、反感を覚える人も中にはいる。 酷評された地域に生まれ、現在も生活している人が聞いたら、 確かに反感を覚えるだろう。 そのくせ、沖縄が酷評されたら、「これだからナイチャーは」と聞く耳すら持たず、 「だったら沖縄来るな」とか簡単に言う。 ここまで沖縄中心主義を唱えるなら、 いっそのこと日本から独立し、かつての琉球王国の様に独立国になったらどうか? 経済的事情、政治的事情で日本から離れられない等と自分達の都合の良いようにしか考えきれず、 「俺たちはお前らとは違うんだ」と叫ぶのなら、独立してしまった方がいい。 この言葉1つとっても、いかに沖縄人が自分達の都合の良いようにしか考えられず、 「守礼之邦」と誇れるだけの礼儀を失っているかがわかると思います。 「礼を尽くせば礼で返り、無礼を尽くせば無礼で返る」
礼儀を重んじる邦の誇りを持つなら、改めて考えてみる必要があるだろう。 |
全体表示
[ リスト ]




こんにちわ!沖縄生まれのおきなわ育ちのkeichanです。kaisarさんの言いたいこともわかるのですが、ナイチャーと呼ぶことに対して、特に意味はないですよ。というか沖縄の中でも宮古島人=ミヤコンチュ・八重山=ヤエヤマンチュ・沖縄本島北部のヤンバル当たりに住んでいる人々(名護市も含めて)ヤンバルンチュもしくはヤンバラーと呼びますよ。ちなみに私は島ナイチャーと呼ばれてました。(沖縄人らしくないという意味で使われていました)
2005/6/22(水) 午前 10:49
「ナイチャーと呼ぶことに対して、特に意味はない」と思っているのでしたら、これを機にナイチャーと使わないことをお勧めします。現実、そー呼ばれて不快に思っている人もいますし。
2005/6/22(水) 午後 6:09
>内地という言葉は単に本州のことを言うだけで、差別意識で使ってるつもりはない。そうみたいですね。北海道の人も本州を内地と言いますね。北海道に住んでた頃、横浜生まれの私は北海道人が内地って言うのをイマイチ理解出来ませんでした。どういう意味なのかわからなかったんですが、なんとなく言葉の響きは嫌いでした。内地=囲まれて取り残されてるって感じがします。何となくですけどね。
2005/6/23(木) 午前 2:45
読んで思ったこと。ナイチャーと呼ぶのをやめる、ガイジンと呼ぶのもやめる
2005/10/7(金) 午前 10:57 [ oknw_t ]
内地の語源は、戦前からあると思います。廃藩置県で、最後に沖縄県として位置づけられたので、たがが戦争時だけではないと思います。確かに現代人は意味もなく、本土=内地と使い、周りの大人の名残です。それで差別を感じるなら、沖縄の人も考えものです。しかし、時に沖縄も存在がなくなる事もあります。例えば「日本一周した」とテレビで言っても沖縄が含まれなかったり、日本地図を表示したときに、沖縄が写っていなかったり。「北は北海道から、南は九州まで」と言われたり。九州って言っても、沖縄を想像する方は、少ないですよね。
2006/1/4(水) 午前 1:10
どうも、煉です。今回、この意見には異を唱えさせていただきます。 まず、「内地」という言葉に対するイメージですが歴史的文化的、特に地理的にいわゆる本州 から離れているからというのが一般的なもので、捨石にされたゆえイメージを固定化しその恨み 辛みが残っているが故に未だ捨てきれないというのは、余りにも酷い決め付けです。第一、恨ん でいるならあれだけ「本土復帰」を目指そうと頑張るわけがないです。
2006/3/2(木) 午後 10:31 [ 煉 ]
あと、自分たちが沖縄人と呼ばれることを煙たがる人は今のところ見たことはないのに、「傾 向がかなりある」というのはこれも決め付けではないかと感じます。これは実際にアンケートで も取らないと誇張表現にも見えます。
2006/3/2(木) 午後 10:32 [ 煉 ]
そして、あえて言うのであればそれは戦前の話です。戦前 は、いわゆる日本語をはっきり喋れない人が多かったりなどのことから、沖縄の人と朝鮮の人は 別の場所で働かされたり、色々な差別をされてました、それゆえに沖縄人と言われるのを嫌がっ たりもするでしょうが、今の時代はむしろ沖縄の人といったらもてはやされるぐらいで、嫌がる 人はめったにいないでしょう。
2006/3/2(木) 午後 10:33 [ 煉 ]
そして、人の嫌がる事をするな。それは、もちろん当然の躾です。しかし、その嫌悪感が誤っ た認識からくるものなら?それもやめるのですか?どちらかというと「内地は差別」だって言っ ている側のほうが不当に不平不満をいう韓国や中国の方にもみえます。
2006/3/2(木) 午後 10:37 [ 煉 ]
しかし、「ないちゃー差別」というのは無いわけではないです。ただしそれは「内地」「ない ちゃー」という言葉そのものではないのです。「ないちゃーだから冷たい」とか、そういう類の ことです。それは文化的に違うから、地理的に離れているから故の相違であったり誤解であった りします。この意識の行き過ぎがあることは注意すべきであって、単語そのものは関係ないでし ょう。
2006/3/2(木) 午後 10:38 [ 煉 ]
特に最近は若い世代のナイチへの憧れも強くなり、沖縄が好きだといってくれるないちゃーも 増えています。その中で、「この言葉は差別用語だから」なんていうほうが逆に言葉に対して差 別意識を持ってしまうのではないかと自分は心配です。
2006/3/2(木) 午後 10:39 [ 煉 ]
追伸 某蜜柑ユニットは、自分も嫌いですしかなり無礼だと思います。友人の間では沖縄の恥とさえ 言われてるグループです。それを一般のうちなーんちゅとして認識はしないでいただけるとあり がたいです。
2006/3/2(木) 午後 10:48 [ 煉 ]
こんにちは。初めまして。興味深い記事です。祖父が言っていた事を思い出しました。「朝鮮や台湾という外地に対し、我々は、この沖縄も含めて内地なのであるから、沖縄人が大和人を内地人と呼ぶのは、間違いである。」さて、祖父の世代でも問題発言だったかもしれませんね。
2006/9/8(金) 午後 1:44