Nachfolger Des Letzt Kaiser

『成功は他人のお陰、失敗は自分のせい』(氷室 京介)

沖縄

[ リスト ]

常識と非常識

このコラムを読む前に、まず↓から
常識(じょうしき)
−社会の構成員が有していて当たり前のものとしている価値観、知識、判断力のこと。
 その殆どは暗黙のルールの一種。
(wikipedia)
−一般の社会人が共通にもつ、またもつべき普通の知識・意見や判断力。
(大辞泉)
−ある社会で、人々の間に広く承認され、当然もっているはずの知識や判断力。
(大辞林)
wikipediaで常識を調べると、上記以外に、
「その社会に適した常識を欠いている場合、社会生活上に支障をきたすことも多い。
これは文化摩擦などとして表面化することもある。」
ともある。
これらを踏まえて、以下のコラムを読んで頂きたい。

話を聞いたときは思わず笑ってしまった。
だがそれがすぐに深刻な事態だと気付き、話し手とともに絶句した。

1995年6月、『戦没者の追悼と平和祈念、戦争体験の教訓の継承、安らぎと学びの場』
という基本理念の下、糸満市摩文仁に平和の礎が完成した。
今年の慰霊の日までに国籍を問わず24万人余の名前が刻まれている。

ある中学校教諭は平和の「礎」を「いしずえ」と読むと勘違いしていた。
その教諭は主任クラスの中堅。県内出身である。
別の教諭は「摩文仁」がどこか知らなかった。
沖縄市平和ガイドネットワークの照屋 盛行さんから聞いた話だ。

辞書を引くと、「礎」は確かに「いしずえ」と読む。
だが県内では「平和の礎」と記した場合、方言読みで「いしじ」と読ませるのが常識であり、
そこに沖縄県民の平和への願いが込められているはずだ。

「全員がこういう状況にあるわけではない」と照屋さんは語るが、
年々、現場の平和教育力の低下を感じると嘆き、
「教職員らを対象にした平和学習を地道に続けるしかない」との思いを強くしている。

「礎」の意味は「物事の基礎、土台となるもの」と辞書にある。
平和を考える、守るための土台が揺らぎ始めている状況は、笑えない話である。
(ソース:琉球新報(8月22日付)朝刊、「金口木舌」より抜粋)

これを書いた記者(論説委員?)に言いたい。
リアルア!(* ̄○ ̄)( ̄о ̄*)ホ!!ですか!!?
>別の教諭は「摩文仁」がどこか知らなかった。
その教諭は沖縄出身ですか?そして、担当教科は?
仮にこの教諭が沖縄生まれで、なおかつ社会科(特に地歴)担当だったら、アナタのお叱りはごもっとも。
でも、ただ沖縄に住んでるってだけで、自分の担当外ならば、知らなくても不思議ではない。
沖縄に住んでる以上は、知らなければならないとでも言う気!?

>県内では「平和の礎」と記した場合、方言読みで「いしじ」と読ませるのが常識
σ(゚∀゚ オレもこのコラムを読んで、初めて知りました>方言読みで〜
この人からすると、σ(゚∀゚ オレも「常識を知らない人」になるンでしょうな。
てか、知らない人の方が多いのでは?
具体的にデータも取ってないのに、「常識」と言い切ることが出来るの?
具体的に調査した結果、「いしじ」と読むことを知らない人が多かった場合、
アナタの言う「常識」の概念は完璧に崩れますよ。
それをわかった上で「常識」と言い切ったのか、それとも知らずに…(恥)

平和教育の観点から言えば、これは「知っておかなくてはならない常識」と言えるだろう。
しかし、文中にはそんなことはどこにも書いてはいないし、触れてもいない。
それとも、「沖縄で生活してる以上は知らなくてはならないこと」なんでしょうか?

更にwikipediaで非常識を調べると、以下に要約される。
常識というもの自体が、場所により時代により異なること、
特定の思考回路を経て得られた規範であることを考えれば、非常識と評される言動が、
本当に非難の対象であるかは厳密な検討を要する。
大体において社会常識と個人の常識は乖離することがないため気付きにくいが、
自分の常識と他人の常識が違い軋轢を生むと言うケースもままある。
「方言読みで「いしじ」と読ませるのが常識」と断言した記者の常識と、
一般的な(社会)常識が合致するかどうかの調査をせず、
常識と断言出来るだけの具体的なデータも示さずに、
「礎」を「いしじ」と読めなかったことを非難して良いのだろうか?

むしろσ(゚∀゚ オレは、この記者を非難したい>てか、してる(笑)
思いこみだけで「常識」と言い切り、他人を非難するのであれば、
「全ての文化は我が国発祥。お前らの紀元節は全部嘘だ」と言い切ってる国や
「我が国は『世界の警察』だから、紛争地域に介入して爆撃しても許されるんだ」な国、
更に「我が国は『地上の楽園』であり、『教育も医療も無料の社会主義祖国』であり、
偉大なる将軍様のお導きで世界に冠たる国である」と言ってる国らを( ´,_ゝ`)プッと笑えないよ。
彼らは彼らの常識としてそう言っているのであって、
それが世間(世界)一般の常識でないことは明白な事実。
(「全ての文化は〜」と言い切ってる国では、ピラミッドもその国発祥、と言ってるらしい…)

先日、「モラルの問題?常識の欠如?」というコラムを書いた。
ここで指摘した「常識の欠如」は、一般的範疇の常識から外れた行動を取った結果、
(σ(゚∀゚ オレを含め)大勢から非難されることとなっている。
しかし、「礎を「いしじ」と読めない」ことを「現場の平和教育力の低下」と非難するのは、
的外れな指摘であり、それこそ非常識と呼べるものだろう。

人を非難する前に、まず自分の常識が一般常識とイコールであるか考えようよ。

閉じる コメント(2)

「いしじ」は聞いたことあるけど・・・。
ほとんどの確率で「いしずえ」って言っちゃいますね( ゚∀゚)アハハハ

2007/8/24(金) 午前 10:24 [ - ]

顔アイコン

うん〜
摩文仁村は知らない人多いと思うけど、
礎はなぁ。
沖縄で生活している人は知らなくてもいいと思うけど、沖縄「育ち」だったら知っててほしいって気持ちは分からなくともないですけどねぇ〜。
まぁ、沖縄生まれだったら自然に自分の地域の歴史に興味持ってほしいですね。

2010/2/18(木) 午後 0:00 [ りか ]


.

スマートフォンで見る

モバイル版Yahoo!ブログにアクセス!

スマートフォン版Yahoo!ブログにアクセス!

ブログバナー

Asayサン
Asayサン
男性 / A型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について

有名人ブログ

お友達ブログ

常連

サッカーなこと

教育なこと

沖縄なこと

ドイツなこと

PCなこと

標準グループ

よしもとブログランキング

もっと見る

プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事