「指導カルテ」違法 西原町個人情報保護審査会
県教育委員会が指導して県内公立小中学校が児童生徒全員を対象に友人関係等の
個人情報を記入・作成している「子ども理解のための指導・支援カルテ」について、
西原町情報公開及び個人情報保護審査会(嘉陽 正幸会長)は19日、
保護者から申し立てのあった「指導カルテ」自体の全面削除を認める県内初の判断を下した。
審査会は「指導カルテ」に法的根拠がない上、町個人情報保護条例に定められた手続きを踏まず、
個人情報を収集していると認めた。
県内全ての学校が作成している「指導カルテ」の違法性が指摘されたことで、
県教委が見直しを迫られるのは必至だ。
昨年5月に「指導カルテ」の開示を受けた西原町内の保護者が
「法的根拠がない」などとして、同9月に全面削除を求めていた。
19日、町役場で嘉陽会長から新垣 洋子同町教育委員長に答申が手渡された。
県教委によると「指導・支援カルテ」は2003年から開始。
友人関係、家庭状況、身体の特徴、性格、趣味等を記入する。
審査会は「指導カルテ」作成に当たり、同町個人情報保護条例で定められた町長への届け出がなく、
条例が求める
(1)保護に必要な措置
(2)目的達成に必要かつ最小限の範囲
(3)本人から直接収集の原則と例外の妥当性
(4)目的外利用と外部提供の妥当性
がいずれも町教委で検討されていないと指摘した。
答申は「指導カルテ」作成が本人・保護者への説明・同意もなく、
学校側の判断で一方的に記載されたことも認めた。
申立人が主張した記載内容が事実と異なるとする点も
「確認する術(すべ)がないまま記載・保管が継続すると
本人・保護者の学校への不信感が高まると憂慮される」
と問題点を挙げた。
県教委は「指導カルテ」作成に当たり、保護者への説明をせず、
教育事務所を通じて各市町村教委に作成を依頼していた。
他の市町村でも同様の違法性を指摘される可能性がある。
西原町教委は答申で指摘された「指導カルテ」を削除する方針。
町内全児童生徒の削除は今後検討するという。
個人情報の保護に関する法律(以下、個人情報保護法)第3条(基本理念)に、
個人情報は、個人の人格尊重の理念の下に慎重に取り扱われるべきものであり、
その適正な取扱いが図られなければならない。
第17条、18条(適正な取得、取得に際しての利用目的の通知等)に、
・個人情報を取得した際の利用目的の通知又は公表
・本人から直接個人情報を取得する場合の利用目的の明示
更に、第23条(第三者提供の制限)では、
本人の同意を得ない個人データの第三者提供の原則禁止
とある。
指導カルテという名(お題目)を借りた、沖縄県教育委員会の今回の暴挙は、
情報化社会という現在の流れから完全に反するものである上、
今回のことが明るみに出たことで、教育不振をますます助長してしまうものではないだろうか?
今回の西原町教育委員会の判断は、あくまで「町個人情報保護条例に反する」としているが、
個人情報を収集する際、使用目的を明確にし、それに該当しない目的での使用は出来ない旨、
個人情報保護法では規定されている。(第15条・16条「利用目的の特定、利用目的による制限」)
↑で挙げた以外にも、法律違反に該当すると言っても差し支えなかろう。
指導上、どうしても必要なデータ、というのであれば、
身体の特徴、性格、趣味までの項目はまだ理解出来る範囲であるが、
友人関係や家庭状況と言うのは、完全に目的から逸している。
それを担任教師による作成、指導の際のデータ目的で使用するのならともかく、
今はチームティーチング(Team Teaching=1:多数の指導ではなく、多数:多数の指導)が推奨され、
現実的に教師1人による指導スタイルでは困難なため、複数の教師の協力による指導である。
ということは、このデータも複数の教師によって使用されている、ことは当然であろう。
↓に書くが、琉球新報の解説にも、その危険性が書かれている。
学校の主観訂正困難 市町村教委、形骸化浮き彫り
<解説>
「指導・支援カルテ」の記述内容は学校側の主観に偏る。
一度カルテが作られれば、記述内容の訂正は保護者が証明しなければならず、
訂正できなければ、学校の主観による子どもへのレッテルははがせない。
子どもは卒業まで監視対象となり、誤った情報により色眼鏡で見られる。
「カルテ」は条例違反だけでなく、こうした問題点が山積する。
「カルテ」の名称を変えたり、条例に基づいた手続きを踏んでも、
学校側の一方的な視点で子どもの個人情報を収集するのは子どもにとって不利益でしかない。
一方で教育委員会の形骸(けいがい)化も浮き彫りになった。
西原町内の学校は県教育庁中頭教育事務所からの依頼で「カルテ」作成を開始した。
町教委は児童生徒の個人情報を取り扱うに当たり、全く関与していない。
県教委が直接管理する権限のない市町村立学校に業務を命令する教育行政の在り方も問われる。
識者からは本当に支援が必要な例では、事実に基づく情報の蓄積が重要との指摘もある。
その際は本人、保護者同意や第三者のチェックなどルール確立が前提となる。
カルテにとどまらず教育行政の基本は『子どものため』の施策だ。
レッテル張りや偏見を招く恐れのある個人情報収集より、
子ども、保護者との対話こそ教育現場に求められる。
「学校(教師)の主観によって作成された記述内容」によって、
1度目を付けられた子どもがその評価を覆すのは、大人のそれと比較しても並大抵のことではない。
子どもの1年は、大人のそれと異なり、十分成長が見込まれ、
毎年少しずつ違った側面を見せてくる。
ただでさえ隠蔽体質の強い教育現場が、子どもにとって有益なものであるならまだしも、
不利益を被る形で作成されていた、としたら、その存在自体を決して認めないだろう。
子どもにとっての学校は、成長過程に於いて大多数の時間を過ごす場所であり、
学校側から色眼鏡をつけられようものなら、その被害は甚大である。
それにしても、沖縄県教育委員会はこうも毎年問題を起こしている。
頭(教育委員長)をすげ替えたとこで、その体たらく振りは一向に変わっていない感が強い。
「子どものための教育」を真に実践出来る日はくるのだろうか。
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