|
性善説−孟子によって提唱された。 人間は社会的動物(社会を形成する事で、繁栄する動物)であるため、 生まれながらにして同族の悲しみを看過する事が出来ず、 また他人を慈しむ心を持っているとし、善は普遍的に存在し、 無垢な人間が同族に対して害意を持つ事は有り得ないと考える。 つまり、善い部分を伸ばして、理想の社会を建てようということである。 性悪説−荀子が孟子の性善説に反して唱えた論。 人間の天性は悪だが、後天的努力(即ち学問を修める)ことにより矯正できるすることができるとする。 この思想は法家思想の根本となり、荀子の考えを受け継いだ商鞅・韓非子・李斯等によって 整理され広められた。 ここで荀子が重視したことは「後天的努力」であり、 孔子ですら学問によって聖人になることが出来たのだというところにある。 人間の本性が悪だから悪いことは当然であるというような考えではない点に注意が必要と言える。 (法家は、学問で矯正するよりも、法によって悪を締め上げることに重視を置いたことにも注目) 出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 予め言っておくが、進化論を否定していないと性善説と性悪説の議論は成立しないため、 性善説と性悪説は議論のテーマとして成り立たない。 ではあるが、教育学に於いて「善と見るか悪と見るか」は 大きく関係してくると思う。 善と見なすのであれば、長所を伸ばし社会にとって害のある存在にならないように教育するし、 悪と見なすのであれば、学問等教育の力で持って良き方向へ導くように教育することも出来る。 大人にとって子どもは、物を知らない、礼儀を知らない、何考えているかわからない、 大人にとっては悪の存在。 「知らない」が故に犯罪紛いなことをするし、犯罪に巻き込まれることもある。 一方で成人式にドンチャン騒ぎをやる輩、 「死ぬつもりだったが、1人で死ぬには恐かった」と大量殺人を犯す輩、 私利私欲に駆られ悪いことを承知で罪を犯す輩。 etc σ(゚∀゚ オレは教育によって人は善にも悪にもなる、脆い存在だと思っている。 同時に教育は社会やあらゆる学問の根幹でもあると考えている。 どっちがOKでどっちがダメとは言えない。 でも、これらを知っておくことで教育に対する考えもより深みが増すものと思う。 (このテーマでの共同コラム執筆者を募集中です。
賛同される方は、当コラムにTBして下さい) |
共同コラム
[ リスト ]





共同コラムの企画に参加して頂いた皆様、企画趣旨へのご理解&ご協力ありがとうございました。この様に、テーマを決めて各々の考えを述べて意見の交換を図る機会を今後も増えていけば、と思います。今回執筆して下さった方以外にも、面白い企画や共同コラムのテーマがあれば、どしどし呼びかけて見て下さい。
2005/3/19(土) 午後 1:05