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『成功は他人のお陰、失敗は自分のせい』(氷室 京介)

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卒業式

さっき出勤する道すがら、卒業式の立て看板を見た。
3/1は沖縄県立の学校は卒業式らしい。
本日めでたく卒業される方々、おめでとうございます。

しかし、個人的には卒業式は正直イヤな思い出しかない。
卒園式−卒園祝いに紅白饅頭を貰うのだが、1番背が高かったσ(゚∀゚ オレは順番的に最後だった。
    しかし、なぜか数が足りず、結局σ(゚∀゚ オレ1人だけ貰えず終い
小学校−隣に座ってた幼馴染み(♀)が急に泣き出し、式後教師に「何かやったのか?」と呼び出されるわ、
    呼び出されたことで「お前が○○(幼馴染み)泣かしたんだろ?」と周りに言われるわ。
中学−小学校の悪夢再び。後輩からの花束贈呈の際、また急に泣き出した。
   「どーせお前のことだから『いらねー』とでも言ったんだろ?」
   (もちろん、言いそうなσ(゚∀゚ オレでも言いません。
    要らなかったら帰り道で適当に処分しますし)
   と周りが騒ぎ出し、またもや式後呼び出される。
高校−「2度あることは」と思い、卒業式に参加せず。
大学−前日夜から深夜バイトが入ったため、寝ずに参加。
   全体式には何とか耐えたが、学科別の式では耐えられずに爆睡。
   目が覚めた時には、教室に1人とり残され、隣に証書が置かれてた。
(このケースだけは自己責任ですな。ヾ(_ _。)ハンセイ)

全5回中3回も一方的に被害に遭ってる人は、そーはいないと思う。
「ときメモ」の伝説の樹のような甘い出来事なんて完全に無縁。
まぁ2度と参加することはないんで、どーでもいいことですが。

守礼門が語る礼儀

沖縄の世界に誇る文化遺産の首里城にある守礼門、
そこに掲げられてる「守禮之邦」の文字、
これって「礼儀を守る良い邦」の意味が一般的ですが、
σ(゚∀゚ オレは「Σ■■-;っンナコタァ〜ナイッ」と見てます。

ちと調べると琉球の歴代王の襲名式の際に盟主としていた明からの使者を迎える際に
「礼儀と平和を守る国」とアピールするために掲げられた、と
守礼之邦で検索すると殆どのサイトがこー載せてます。
はたしてそーでしょうか?
もしその意図なら、「禮之邦」だけでも十分通用しますよね?

英語で動詞が文頭に来る場合は命令文、と言うのは今更ながら。
中国語も英語同様に動詞が文頭に来る場合は命令文、と言うのが通例です。
となると、「礼儀くれー守りやがれ」と邦訳するのが通常ですよね?

歴代琉球王の襲名式の際に訪れていた使者に対し、
琉球側の盟主である使者を迎える礼儀や態度が余りにもなってないことに憤慨し、
「お前ら、ちっとは礼儀を守れや」の明の王が戒めの意味を込めて「守禮之邦」の扁額を与えた、
と言う説もあります。
前述の例で挙げた通り、中国語は動詞が前に来ると命令文になることと、
「禮之邦」だけでも意味が通ることから考えても、この学説の方が説得力があります。

また「戦国群像/Xファイル(http://www.asahi-net.or.jp/~JT7T-IMFK/taiandir/x100.html)」
では別の説も取り上げているので参考に。

「守禮之邦」の扁額の意味が「礼節を重んじる国」でも「礼儀を遵守せよ」のどちらにせよ、
飲酒運転や年齢・性別・経験etc不問と求人募集しといて堂々と「○○だからダメ」と言ってくるような
礼儀のなさが横行している沖縄。
守禮之邦=礼儀を重んじる邦、と堂々と世界中にアピール出来るためにも、
常日頃からの礼儀を考え直す必要があるのでは?

追伸
たまぁに「昔は昔、今は今」とフォローのつもりで言ったと思うけど、
全然フォローどころか地雷を踏んでいることに気付かない沖縄人がいます。
‘本当の自分’などというものは存在しない、どこにもない。そんなものは今まで存在したことはなかったし、これからも存在することなどないだろう。‘アイデンティティー’も‘アイデンティティーの喪失’も、赤錆びた、太古の神話の残響だ。‘自分がわからない’なんて苦悩もおセンチな幻想である。‘自分がわからないと悩んでいるのが、本当の自分なんだよ’なんて陳腐な逆説も、嘘だ。嘘をつくなら、もっとセンスある、愉快な嘘をつこう。

 ‘オリジナリティー’や、‘誰の真似もしない’なんて最も愚かなサル真似もよそう。あなたのこだわりの輸入モノの煙草も、誰も知らない秘密の小説も、流行に惑わされない‘自分流’も、今は綺麗にパック化された商品として、僕らの頭上を絶え間なく飛び交っている。純愛も、ドンファンきどりの人生も、ジャンキーも健康主義のベジタリアンも、祈りも呪詛の言葉も、禁欲主義も快楽主義も聖も悪も等しく空しい。
‘本当の僕’なんて存在しない、どこにもいない。僕らしさなんて、あらゆる凡庸さの組み合わせからなるひとつのサンプルだ。そこがスタート地点。最近スマップのこんな歌をそこらじゅうで聞く。

世界にひとつだけの花、ひとりひとりが違う種をもつ
その花を咲かせることだけに、一生懸命になればいい

そろそろはっきり言おうではないか、世界にひとつしかない、なんてことは何の価値もないのだと。嘘だと思うなら、外にでて、そこに転がる小石をひとつ摘まみあげよう。その石と全く同じ石は、多分世界にひとつだけだろう。あなたはだからその石をポケットに入れて持ち帰り、一生大切に思うだろうか。「この石は世界にひとつしかないのだ」と言い聞かせながら、少しでも救われることができるだろうか?

 僕は言う。僕という人間はたった一人しかいなくても、アインシュタインが2人いた方が何千倍も価値は高いだろう、と大声で、声だかに叫ぶ。僕は無意味な唯一性を盲信し、自分にかけがえのない価値があると言えるほど、不誠実ではあれない。もちろんそんな誠実さもひどく、間抜けでありふれた代物なのだが。

我々は古代ギリシア人のようにこの世の生活の幸福なぞもはや信じていないまたキリスト教徒のようにあの世の幸福ももう信じていないさらに前世紀のオプティミスティックな哲学者達のように人類の未来などもはや信じない…我々はそういった事などはもはや何も信じないのだ

とクローチェが喝破してから、さらに時間は流れ、僕はこうつけくわえる。あなたより後に生まれた僕らはもはや、あなたの‘不信’すら信用していない、と。革命も、大きな物語も、前衛も、反抗する相手もなく、それらを疑う不信に対する信頼すら失い、自分などはなく、主体は無限の客観性の海に溺れ、解体され、それでもしらじらしく残る ‘個’であることの耐え難い重さに、僕らは押しつぶされそうになる。

昨夜 メトロポリタンの前で電車から飛び降りたはずみに 自分を落としてしまった
ムーヴィのビラのまえでタバコに火をつけたのも、かどを曲がってきた電車に飛び乗ったのも
窓からキラキラした灯と群集とを見かけたのも むかい側に腰掛けてレディの香水の匂いも
みんなハッキリ頭に残っているのだが
電車を飛び下りて気がつくと 自分がいなくなっていた
−−「自分を落としてしまった話」 稲垣足穂

一体この作家いがいに誰がこんなに気負わずに、いきに、自分をあっさり落としてしまえるだろう?
こんなにあっさり自分の主体性を軽やかに、爽やかに放棄してしまえるだろう?
僕には足穂が羨ましい。彼は僕みたいに「アイデンティティーなどは始めから存在しない」などとわめきちらし、結局逆説的にアイデンティティーという観念に執着してしまうような人間から、最も遠い地平にたっていたのに違いない。
僕ももっともっと軽くあらねばならない。そう、ヴァレリーの言うように、羽のようにではなく、鳥のように。

転載元転載元: このブログを読む者に永遠の笑いあれ

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歴史教育の目的

歴史教育の目的は、

歴史上の日付や事件の丸暗記をすることでは決してありません。

もちろん基本的な用語の記憶は必須です。

しかし事細かに、

いついつに戦争があったとか、
将軍が戴冠を受けたとか、
(たいして重要でない)封建領主など

を、正確に知っていようがいまいがどうでもいいのです。

私が体験してきた教育を通じて、このことを自覚して語ってくれた教師がまことに少なかったように感じています。

歴史を「学ぶ」ということは、

現在までに記録されている歴史的な事件を引き起こした原因

について考えることであると思います。

例えば、“織田信長”。
彼は現代歴史教育という枠に完全に閉じ込められています。

桶狭間の戦い、安土城、楽市楽座

という“知識としての信長”に成り下がっているのです。

信長を学ぶ上で本当に大切なのは、

現代に生きる人間が、歴史の知識を全て頭に叩き込んで、
信長の時代に行ってみたとしても
天下を取ることは決してできないという事実です。

そうであるならば、
信長を駆り立てた“力”とはいったい何なのだろうと考えてみる。
そして、その“力”を考察して体感することが
歴史教育の醍醐味であると私は考えています。

転載元転載元: 李白のブログ

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