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マレー歴史の町マラッカ
チャレンジ感想編
[ 歴史&環境&公徳心ツアー ]
2018/3/11(日) 午後 1:53
マラッカの建設
14世紀末から15世紀初頭にかけてマジャパヒト王国で起きた内戦(パルグルグ戦争)に巻き込まれたスマトラ島南部パレンバンのシュリーヴィジャヤ王国の王子パラメスワラが、従者を伴ってマレー半島に逃れたのが王国の起源である。
当初一行はトゥマシク(シンガプラ、現在のシンガポール)に逃れたがトゥマシクは海賊たちが跋扈する危険な地であり、またタイのアユタヤ朝からの攻撃に晒されたためにマレー半島を移動し、15世紀初頭にパレンバン、シンガプラなどに居住する「オラン・スラット」(またはバジャウ)と呼ばれる[9]マラッカ海峡の海上民の協力を得て村落を造り、集落を「マラッカ」と名付けてパラメスワラが王となった。
建国の時期は1402年と推定されることが多い。
マラッカは東西貿易の中継港としての道を歩み始める。イスカンダル・シャーは戦争という手段に訴えず婚姻関係を作る道を選択し、72歳という高齢にもかかわらずパサイの王女を娶った。
周辺地域の海賊、漁師にマラッカへの移住を積極的に勧め、彼の治世の3年目(1416年 - 1417年ごろ)には人口は2000から6
マレー歴史の町マラッカ
チャレンジ感想編
[ マレーシアにまた行きたいな ]
2018/3/3(土) 午後 7:22
マレーシアの歴史年表
前5000〜3000 東南アジア島嶼部でオーストロネシア語化が進行
1世紀頃 モンスーンを利用した航海術が発達し、アジアの海上交易が活発化する
4〜5世紀 東南アジアの”インド化”が進展
7世紀頃 マラッカ海峡経由ルートがアジアの海上交易の主要ルートになる
670頃 スマトラ南部にシュリーヴィジャヤ王国が成立
13世紀 アラブ商人やインド商人と共にイスラム教が伝来し、仏教とヒンドゥー教の時代が終わる
1400 マラッカ王国成立
1445頃 ムラカ王国のイスラーム化が完了。以後、ムラカは東南アジアにおける海上交易およびイスラームの中心地となる
1511 ポルトガルがムラカ占領。その後、ブルネイが東南アジア有数の海上交易の中心地に発展
1519 マゼラン艦隊がブルネイに寄航する
1641 ジョホールと連合したオランダが、ポルトガル領マラッカを占領
1542 マラッカからポルトガルの鉄砲が日本に伝来した
1549 イエズス会のフランシスコ・ザビエルがマラッカを出発し、日本到着
1795 イギリスがマラッカを占領する
鮨・割烹・一心
松山坊ちゃん編
[ mom*b5*twww*u0*r ]
2015/1/7(水) 午前 5:52
お疲れ様です。
いきなりのコメント失礼します(´ω`*)
既にチャレンジさんのブログはお気に入りに入れちゃいましたヽ(*’-^*)。
今まで凄く落ち込んだりして
凹んだりして凄くつらい日々を過ごしてたんです。
でもでも、チャレンジさんのブログに巡り合えて変わったんです。
やっぱり色んな所で共感したり、そうなんだって新しい発見があったりとか。
こうした縁も大事だと思っています。
色々相談をしたいし、仲良くなりたいなぁって思ったので
一応勝手ながら載せちゃいました。(o^∇^o)
ayundamon@i.softbank.jp
これ、チャレンジさんがもし確認できたらコメントごと削除してもらって全然かまわないので
宜しくです
また遊びに行きますね







