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ラングのこと、 ちょっと詳しく書いておきます。 ヘルムート・ラング(Helmut Lang)
以上、ファショコン通信より転載。 (http://www.tsushin.tv/brand/paris/lang.html) 1956年、オーストリアのウィーンに生まれる。髪薄・でこ広・長髪・オールバックの、不精ひげで鋭い眼差しで少し太めの、声のやたら低い男性。 76年、ウィーンにアトリエを設立。 86年、パリのポンピドーセンターで開催された「ウィーン展」でパリ コレクションにデビュー。 87年、メンズウェアでもパリ プレタポルテ・コレクションにデビュー。 96年、ウィーンとミラノと名古屋にショップをオープン。 97年には東京とNYにオープン。 97年、「ヘルムート・ラング・ジーンズ」を発表。 98年、事務所をニューヨークに移転。1998-1999 A/Wから「ヘルムート・ラング・シャツ」をスタート。 99年、「ヘルムート・ラング・カシミヤ」を発表。 99年3月、プラダ(PRADA)にヘルムート・ラング株51%を買収され、プラダ傘下に入る。 2000年、CFDAアワードで「メンズウェア・デザイナー・オブ・ジ・イヤー」を受賞。2002 S/S より発表の場をパリに戻す。 2004年12月、ヘルムート・ラング株の残りの49%もプラダに取得され、プラダの完全子会社となる。 2005年1月、シグネチャブランドのデザイナーを辞任。2006 S/S より生産を一時中止。 2006年3月、プラダ社から株式会社リンク・セオリー・ホールディングス(Link Theory Holdings Co., Ltd.)が商標権を取得。2007 S/S から同社が販売を開始。 2007 S/S プレコレクションより、マイケル・コロヴォス(Michael COLOVOS)とニコル・コロヴォス(Nicole COLOVOS)夫妻がクリエイティヴ・ディレクターを務める。 2007年3月17日、東京・南青山の骨董通り沿いに路面店をオープン。 2007年、レペット(repetto)の創立60年を記念し、同ブランドとコラボレートしたアイテムを発表。 「ミニマリズムの旗手」と呼ばれ、装飾的な物を省き、透けるナイロンやビニール等、新素材を使ったセクシーかつシンプルな服を好んで作り出した。装飾的なものや技巧的なものを排除し、最小限のミニマルな手法のシャープなスタイルを提案。 その後、アンチスポーツウェアのゴージャスを志向し、「アフター・シックスウェア」をコンセプトとしてクチュールイズムを追求。美しいカッティングを施した新しいイヴニングウェア等を展開した。 99年作のこのジャケットはヘルムト・ラング氏の全盛期の作品。 まだプラダグループの罠にはまる前の、もっともラングらしい逸品。 しかし、遺作とも言える。 オイラはそんなにブランドにこだわらないほうだと思うケド、 ラングだけは別格。 尊敬してた。 10年前、オイラがまだアパレルでデザイナーをしてた頃。 このジャケットが欲しくてたまらなかった。 だけど、当時の自分の給料では手がとどかなかった。。。 99年と言えば、オイラも友達とライブハウスを借りて、 ファッションショーをやった年。 その時の作品を見ても自分がものすごく影響を受けてたのが分かる。 って言うより今でも自分の服作り、デザイン、ミニマリズムという考え方も、 全て彼の影響下にあると言える…。 もちろん、そんなことラング氏が我慢できるはずもない。。。 ラング本人は辞任を余儀なくされた。 ヴィトンやグッチなどの老舗ブランドと対等以上に渡り合えるハイクオリティーのブランドだったのに・・・ 今やデザイナーがいないのに名前だけ使われてまったく違う人間が服を作っている。。。 現在は日本の「リンク」って会社が買い取った。 この「リンク」ってユニクロの息のかかった会社。 (取締役会長はユニクロの会長でもある。) HELMUT LANGというブランド名はまさにたらい回し状態だ。 辞任したラング氏はいったいどこに行ってしまったのか…? まだこの地球上のどこかで暮らしているはずだけど、 それは辛い日々なんじゃないだろうか…? 自分で一生懸命作り上げた自分の名前の会社を、ブランドを、 イメージを、
略奪されて、自分の名前でどこの馬の骨とも知らない輩が勝手に作った服を売って… 本人だけ裸にされて外に捨てられたら。。。 皆さんだったらどう感じますか? オイラはヘルムト・ラング氏がいたたまれないという気持ちでいっぱいです。 あまりにも残酷だ。 大袈裟な言い方かもしれないケド、 オイラは幸運にもこのジャケットを手に入れることが出来た。 10年前からずっと憧れてたオイラの中では伝説の代物。 だから後ろにあるこのヘルムト・ラング氏のストーリーをも一生背負って行きたい。 そして自分の子供にも受け継ぐつもりです。 ヘルムト・ラング氏に敬意を表して。
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自分のこだわりとビジネスとを結びつけるのはとても難しいことなのかな?どんなに素敵でも大衆に受けなくては売れない。圧力と妥協に耐えられないでしょうね。でも、たけしさんみたいな思いでお洋服を着ている人がいるのはデザイナーさんにとってとても幸せなことですね。このジャケットが手に入れられたのは運命かも。大事にしてください。
2009/1/9(金) 午後 11:56 [ lec*_g*rl ]
みぽちゃん>
そうだね。
デザインって「ビジネス」と「アート」が混在しているもの。
どこまで貫くか?どこで妥協するか?の葛藤の連続なんだよネ。。。
ラング氏は妥協を許さない人だったらしい。
だから商業色の強いプラダグループとは思想が合わなかったんだネ。。。
このジャケットはそんなラング氏の職人魂を100%こめてつられた最後のシーズンの作品。
このシーズン以降からラングがラングらしくなくなっていった。。。
オイラはこのジャケットとともにその「精神」を大事ににしていきたいと思います。
2009/1/11(日) 午前 8:57
デザインの才能と商売の才能ってまた別なんでしょうね。ラングは、デザインの才能を持っていたけど、残念ながら商売の才能を持っていなかったってことで。
でも、自分の名前が自分の意思と別のところで一人歩きしてるってのは、とっても気持ち悪いことだと思います。
2009/1/13(火) 午後 10:25
殿下>
おっしゃる通り。
ラング氏は頑固一徹でただただ高いクオリティーのみを追求していて、コストや生産性、マーケティングとかは後回しだったようです。。。
しかし、新生ラング。
ラフォーレ原宿に入ってたからこないだ見たんだけど・・・
ダメすぎる。。。
2009/1/16(金) 午前 1:33
こんにちは。突然ですが質問があります。
記載されております、99年HELMUT LANGのジャケットの襟部分にワイヤーは入っておりますか?
2010/7/2(金) 午後 2:06 [ google ]
始めまして。
針金入ってますヨ♪
2010/7/3(土) 午前 8:44
フレッドシーガルのセールで250ドルで買ってすみません。
2017/3/30(木) 午前 11:21 [ 安室玲 ]