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「漁協から連絡が有ったかね」
母は私の顔を見るなり聞く。
ーううん。別に。
「じゃ、お前電話してくれただろう?」
「祝儀の事聞いてくれた?」
ー電話番号を知らないし。
ー誰に電話していいか分からないし。
「今日、荷物を取りに来るんだって連絡が有ったんだよ」
「波止場まで荷物を運んでくれないかい」
ー波止場はこの辺には無いよ。
「車で行けばすぐそこだよ」
「私のために望月さんが家を建てたんだ」
「早く、波止場まで荷物を運んでよ」
母は従わない私に腹を立てている。
波止場は隣の県まで行かないと無いのに。
ー連絡は誰がお母さんにそう伝えたの?
「誰か分からないよ」
「職員は後ろ向きで顔を見せないで話したからね」
ーとにかく、外に行こうね。
「船が着いたらどうするの?」
「行かない!行かない!」
ー船は今日は来ないよ。
私は嫌がる母の車椅子を押して廊下を通る。
ー散歩して来ます。
職員は私に笑顔で答えた。
「あの人は私の祝言で酒を飲むのを楽しみにしているよ」
「書き物をしていたけど私へのご祝儀の値段を書いていたんだね」
「いくらくれるんだろうね」
私は母の発想に答える言葉が無い。
何もかも聞き流せばいいとケアマネは言う。
聞き流せば話はエスカレートしていく。
「望月さんに連絡取ってよ」
「荷物を運んでよ」
「早く、家に連れて行ってよ」
会うたびに言われる。
ー今度ね。
そんな答を母は覚えている。
「今度って言ったじゃないの!」
ぷいと横を見る。
母とどう向かい合えばいいのかこの頃は分からない。
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ヾ(o・_●・)ノこんばんはぁ♪
大変だなぁ・・
返答に困りますよね。
誤魔化しも効かないみたいだし・・
2010/11/29(月) 午後 11:14
おねーさん
その辺の所の頭はクリアなんです。
2010/11/29(月) 午後 11:19
ご無沙汰してます。カキコありがとうございました。
...大変ですね。私も相変わらずです。
健康にもさらに自信がなくなってきていますが、走り続けるしかないのはサガなんでしょうか。
しみじみ歳をとるのが怖くなって来ました。
2010/11/30(火) 午前 2:53
たいへんだけど元気なのが1番です。
2010/11/30(火) 午前 5:31
私の義母は、「潮が引いた時四国まで渡った」とか、
やぶだらけの山にミカンをとりに行こうとしました。
その時、すべて「そうですか」とイエスマンで通しました。
認知症の方と接するには演技派でなければいけない、
そうしなければ、混乱を起こすと講習会で習いました。
でも、疲れるんですよね。お気持ちわかります。
義母も車いす生活になりました。
でも、徘徊がなくなりほっとしています。
あじさいさん、気長にいきましょうよ。
2010/11/30(火) 午前 9:08
さゆさん
懸命に働いた後に得たものは腱鞘炎と会社からの罵声でした。
働かなくなって少し心にゆとりが出来たかもしれません。
2010/11/30(火) 午後 0:59
パークさん
体も口も元気ではあるのですが。
2010/11/30(火) 午後 0:59
風の声さん
母の目を見て受け答えするのが苦痛になりました。
来ない相手を待つ母が哀れです。
私に満たされない思いを空想の相手に求めているのでしょうね。
2010/11/30(火) 午後 1:01
わたしも、息子と話すときは、ほとんどイエスマンです。否定をすると怒ることが多いんです。暴れることもあるので、静観するかイエスマンですよ。グループホームから土日に帰ってくるだけで疲れてしまいますから・・
2010/11/30(火) 午後 7:07 [ たこ焼き ]