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前に同じ母と同じホームにいた人の娘からメールが有った。
今までショートステイを繰り返してきたが、特養への入所が決まったという。
実際はショートステイ同じ施設。
部屋が変わっただけだが、もう介護認定を気にしなくていい。
良かったね。
職員は今度はまし?
メールをした。
同じだよ。
諦めている。
そう、返事が来た。
思い出してもひどい施設だった。
何より職員の質が悪い。
入所者に罵声を浴びせる。
「あんたの言うことばっかり聞いていらっると思うの!」
怒鳴り声は玄関まで聞こえた。
呆れた私はその職員の顔をまじまじと見た。
すると怒鳴るのを止めた。
メールを呉れた人の母親は足にいつも青いあざが有った。
「叩くらしいのよ」
彼女はそう言っていた。
それでもその施設を移らなかった。
私のように施設を変わった方が良かったのかは分からない。
母の認知は今の施設に移ったから起きたとも思える。
今の施設は職員がいい。
理事長はいつも職員に目を配っている。
母はここでは職員とはトラブルを起こしていないようだ。
起こしていたとしても職員はいちいち私に文句は言わない。
前の施設に母が居た頃の頃だ。
「沢山バッグを持っているんですね」
ある職員に声を掛けられた。
「使わないバッグが有るからもし使うなら上げるよ」
彼女はバッグを見つめていた。
欲しいのだ。
「わー楽しみ」
彼女はやはり即座に回答した。
次の日に行くと母は聞いた。
「バッグ持って来た?」
「あの人が何度も見に来たんだよ」
そんなあからさまに欲しがっていいのだろうかと思った。
その日は持って行かなかった。
次の日にサボイとキタムラのバッグを持って行った。
彼女はすぐ部屋に来て喜んで持って帰った。
それからしばらくした頃彼女はまたおねだりをした。
「友達の結婚式が有るの」
「娘さんの服を貸してもらえないかしら」
30過ぎらしい職員は結婚式に着る服も無いらしい。
「娘は7号だから、私の発表会の服を探してみるね」
何と図々しいと思いながら返事した。
着ないドレスが何着か有ったのでそれを渡した。
「派手だから、上げるわ」
そう言うと喜んでいた。
彼女を図々しいと思いながらバッグや服を上げるのは母のためだった。
それでも母とこの職員は段々と仲が悪くなった。
あまりに一時期母と仲が良く母は色々不満を言ったのが気に障ったらしい。
「こんなばあさん見たこと無い」
「どうしようもないから睡眠薬を飲ませますよ」
「そうでなければ精神病院に連れて行って下さい」
彼女は憎々しげに母を罵った。
姉と同じだった。
母は今が認知症でも今の方が心安らかだと思う。
母の部屋に行くたびに思う。
8畳にトイレ付き。
姉の所に居た時の2倍の広さ。
誰も馬鹿にはしない。
「私は神だ」
「スオウ神だ」
昨日は母は自分の事をそう言っていた。
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「あんたは私の子供なんだってね。職員が言っていたよ」
母はさらりと言う。
「そうだよ」
私は平静に答える。
「姉さんだと思っていたよ」
「あんたは職員と話をしないって言っていたよ」
本当の話かどうかは分からない。
それでもそうなのと答える。
「私は身分が高いんだよ」
「とても、巳代治は私と結婚出来るような身分じゃなかった」
母はこの頃はこの話だ。
母の結婚へのコンプレックスは父との身分の違いだった。
それが今実際は自分が由緒正しい家の出だという妄想を生んでいる。
父方はかなり裕福な家だった。
いつも母を見下げていた。
「あんたは身分が低いから何も似合わない」
母にそう言った叔母の言葉をはっきり私は覚えている。
「私の親は大久保彦左衛門だよ」
母は平気な顔で言う。
大久保彦左衛門は何百年も前に生きた人なのに。
あんなに好きだった祖父を忘れている。
私は幼子のように確認する。
「マー坊って知っている」
母は笑顔になる。
「マー坊、会いたいね」
この部分だけは母の記憶がはっきりしている。
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今月から公民館の英会話教室に通い始めた。
平日の午前中のためか参加者の平均年齢は高い。
競争率も高かった。
30名募集に応募したのは90人だった。
講師はイギリスに30年も住んでいた女性だ。
分かりやすい発音で話してくれる。
隣の席には女性が座った。
偶然彼女も九州の出身だった。
「母が一人暮らしで来週様子を見に帰るのよ」
などと彼女は話した。
私も何か人事ではない気がして色々話し込んだ。
「ねえ、夫がアメリカ人だから英語を習いに遊来てよ」
「○○の前に有る教会にいるから」
彼女は話の途中で言った。
怪しげな教会だなとすぐ思った。
夫がアメリカ人なら英語を習いに来る事は無いだろうし。
それに彼女の帽子は魔女みたいだ。
「○○に有る教会って知っている?」
家に帰ると夫に聞いてみた。
夫の顔色が変わった。
「何故あんな教会を知っているんだ!」
私は事情を話した。
「あれはカルトだ」
「カニバリズムでネットで調べてみれば分かる」
夫は言った。
調べるとカニバリズムとは人肉を食べるという意味だ。
でも今の時代に人肉を食べる事はあるとは思えない。
秘密の儀式が有るのだろうかとインディジョーンズを思い出した。
キリストが亡くなった時にその肉は食べられたと言われている。
その肉を食べた人が正式なキリストの血を引き継いでいると言う事らしい。
「何かしゃべらなかった?」
夫は聞く。
「いいえ、別に」
答えたが話さない訳では無かった。
知らない土地に嫁いで夫の両親と同居したこと。
老いた母の面倒をみていること。
彼女は私に心の隙を見たのだろうと思う。
「君はもうターゲットだよ」
夫の言葉は本当かも知れない。
カルトって意外に身近にあるのだ。
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母は相変わらず知らない人の話をする。
今日も何とかばあさんの話をする。
出てくる人すべてが知らない人。
「知ってるだろうが」
母はそう言いながら一方的に話す。
私はふと聞いてみる。
「私が分かる?」
母は困った顔をした。
「あんたねー」
ちょっと考えてから答えた。
「妹って言わなきゃいけないかね」
「私の心の中では母親だけど」
母の中では私は妹か母親。
介護の職員とは思っていないのが救いだ。
母は話を続ける。
「マー坊がね」
次兄の話をしない日はない。
「マー坊好きね」
皮肉が口を突く。
母は感じない。
「子供が4人居るのよ」
話を続ける。
次兄は母の中では息子なのだろうか?
弟なのだろうか?
母はこの頃性格が穏やかになった。
怒鳴る事も無くなった。
不注意で肘を骨折。
入院した半月あまりの日々。
その間に母は私をすっかり忘れてしまった。
肘は今も少しは痛むが、心はもっと痛い。
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「あんた、子供いるの?」
母は聞く。
「いるよ。二人」
私は答える。
「一緒に住んでいるの?」
母は又聞く。
「東京で暮らしているよ」
私は淡々と答える。
「それが、よかね」
「子供はやぐらしか」
やぐらしいとはうるさいと言う意味。
母にとって私はうるさかったんだ。
「でも子供はいいよ」
「話し相手になってくれる」
私は寂しくなってちょっと抵抗した。
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