100歳の母

母は元気に100歳になりました。

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アクセントを直す夫

「雨が降りそう」と言うと夫は言う。
 
「その発音ならアメだ」
「食べる飴が降って来るって言っているんだよ」
 
牡蠣の炊き込みご飯と言うと言う。
 
「果物の柿が入っているの?」
「自分のアクセントはおかしいよ」
「ここにアクセントを置いて語尾を上げる」
 
長々とアクセントの講義をする。
もう35年も続く。
 
夫は昔も今もアナウンサーではない。
 
一地方のアクセントを夫は押し付ける。
夫のアクセントは私からするとかなり変だ。
 
東京の会社に勤めている頃はこの県の人がいた。
アクセントが変だと陰で笑われていたのに。
 
夫はそれが絶対的なものだと思っている。
 
 
「水神様が」と言うと言い直す。
 
「お水神さんだろう」
それは義母がそう言っていただけ。
 
 
傘をこうもりと言う。
これは結構会社の人にも笑われていた。
 
この頃は面倒だから牡蠣は「オイスター」と言う。
オイスターの炊き込みご飯。
また日本語が滅びる。
 
それに注意をされると意識して余計うまく発音できない。
 
自分の土地の発音だけが正しいと思う夫と話すのがこの頃苦痛だ。
やはり、同じ土地の人と結婚するのがいいと思う。
 
 
 
 
 
 
 
 

母の心に生きるもの

母を散歩に連れて行った。
キャッチボールをしている男の子がいた。
 
「マー坊だ」
母は大声を上げた。
 
そして言った。
 
「マーボは顔は見せないけど毎日会いに来るんだよ」
「私が心配なんだ」
 
私は答えなかった。
 
父が死んで6年。
次兄は母に何をしただろう。
 
私は無駄に6年を過ごしたのではないだろうか?
もっと自分の今の家族と向き合うべきだったのではないかと思う。
 
 
母が島で過ごした1年間、毎日電話をした。
 
「お母さんはあなたの電話をうるさいと言っているよ」
近所の人が帰島の際に教えてくれた。
 
母はうるさいと近所に聞こえるくらいの大声で電話を取るのだ。
それは教えられなくても知っていた。
 
「ああ、うるさいね」
電話にでるなり、そう言って電話をすぐ切る事も有ったから。
 
 
「マー坊かい?」
電話をすればよくそう聞かれた。
 
「何だ、お前か」
言われた事も有った。
 
 
次兄の気持ちは分からない。
あれだけ母を非難していて母に会いに来る。
 
母が元気か。
どうしているのか私に聞く事もない。
 
それなのに母の居る病院やホームを探し出す。
 
先日母方の従姉から電話が有った。
次兄に電話して母の居場所を聞いたと言う。
「雅兄さんさんすごく怒ったのよ。怒鳴られたのよ」
『お袋が生きているか死んでいるかいっさい知らないね』
『俺には関係ないよ』って言ったよ」
 
従姉は父の葬儀の際に交わした電話番号を頼りに電話してきた。
 
 
次兄は母に会いに行ったばかりなのに生死すら知らないと言う。
怒鳴ったのは従姉が自分より年下だからだろう。
 
 
母もお墓も次兄は断った。
それでも私は手を引いた方が良かったのかも知れない。
 
そうすれば母の幸せは手に入ったかも知れない。
 
母の幸せは母しか分からない。
 
次兄の近くで暮らすことが母の幸せだったのかも知れない。
 
 
母は生きている人の話は次兄しかしない。
 
後はみんな死んだ人の話。
 
隣に住んでいた何とかばあさんとか。
同級生の春吉さんとか。
 
母の心に生きるのはいつも次兄。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

母に忘れられて

「私の末の子は誰だろう?」
「久美だったかね?」
母は聞く。
 
「久美はお母さんの妹だよ」
母が何を聞きたのだろう。
 
「私の子供の末っ子だよ」
母は遠慮がちに聞く。
覚えていないのが、ちょっと引け目らしい。
 
「私が末っ子だよ」
答えると母は私の顔をまじまじと見た。
 
「あんたが私の子?」
納得がいかないと言う顔をした。
 
「マー坊がね」
すぐに次兄の話に移った。
 
「気象庁に勤めたんだよ」
「これで安心だ」
 
「あの子はきれいな顔をしているね」
「元の顔は汚いけど」
 
誰がどう見ても長兄の方がハンサムなのに。
 
どうして私は忘れられたのだろう。
嫌いな子は忘れるのか?
 
「美代子は知っている?」
私は姉の名を言った。
 
「あああれ」
母は不快な顔をした。
明らかに姉を覚えている。
姉のした事を忘れてはいない。
 
母は姉は覚えていても私を子供だと忘れてしまった。
好き嫌いで忘れる訳でもないようだ。
 
母は今まで私を「お前」と呼んでいたのに今は「あんた」と呼ぶ。
 
「お金を下ろして来て」
母は突然言う。
 
「何に使うの?」
私は戸惑う。
 
「マー坊に背広を買うよ」
 
また次兄だ。
いつも次兄の事を思っているから忘れないのだろう。
 
母には私がどんな関係に思えているのだろう?
時々は自分の妹だと思ったりするようだが。
それでも子供だと思うことは無い。
 
「お袋は俺の事を兄さんって呼ぶんだ」
勤めていた頃、そんな風に母親を怒っていた同僚がいた。
 
だからそれは普通だと思いたい。
でも忘れるなら兄姉も忘れると良いのにと思う。
 
自分だけが忘れられてしまった。
 

日本は潰れる

この頃年金問題が騒がれている。
年金は100年で収支が取れると見込まれている。
 
100年と言う根拠。
団塊の世代が亡くなり、その子供たちが死ぬまでに100年かかる。
その試算だ。
 
死ぬのを待たれている国民。
それでも子孫だけは増やしてくれと期待されている団塊ジュニア。
 
国は昭和61年に年金の大改正をした。
それが今の年金制度の大きなつけになっている。
 
保険料を掛けていなくても国民年金に入っている期間に算入した。
お金が入っていないのに年金を払うのだ。
それが大きな借金になっている。
 
それから第三号保険者。
いわゆるサラリーマンの妻である専業主婦。
一円の保険料も払っていない。
それなのに7万近くの年金が貰える。
 
これもみんな国の借金の原因。
 
自営業者やその妻は保険料を払わなければいけないのに。
 
こんな時代に働かないのは公務員の妻だけ。
第三号保険者は公務員をモデルに作られている。
 
それに公務員は共済年金も貰える。
自営業者は1階建て。
公務員は3階建てと言われる。
 
それに政府は共済年金には手をつけていない。
厚生年金ではいわゆる箱物を作ってお金を使った。
 
そして今になって赤字だから増税して責任転嫁をする。
共済年金を使うべきなのに。
 
父は95歳で亡くなるまで年金を貰った。
 
「年金でお宅はお金が余るでしょう?」
そんな風に嫌味を言われると母は嘆いていた。
 
遺族年金だと厚生年金の半分しか貰えないからだ。
長生きをするとみんな嫌われる。
 
団塊の世代。
年金の保険料をどんなに納めて来たかマスコミは取り上げない。
受給者が多いとしか言わない。
 
納める人が多ければ払う人が多いのは当然。
 
 
公務員がどんなに優遇されているか国は詳細に国民に知らせるべきだ。
 
少子化は国の責任だ。
フリーターや派遣社員で結婚できる訳が無い。
 
安いからと工場は海外に行ってしまう。
若い人の働く場も無い。
 
安定した雇用制度を国は確立すべきだ。
 
昔はフリーターや派遣社員は居なかった。
みんな正社員だった。
 
国民的人気の有った小泉が派遣制度を作った。
それが若者の正社員を減少させた。
 
保険料も減少した。
 
生活保護を受ける若者が増えている。
「自分に向いていないから、働きません」
テレビのインタビューで若者は生活保護を貰う理由を話していた。
 
何でもいいから働かなければといけないという若者は減っている。
 
若い人に魅力のある雇用制度を確立するべきだ。
そして若い人が老人になった時に安心した老後を送れるような日本になって欲しい。
 
今のままでは日本は潰れる。
 
 
 
 
 

心の氷河は溶けるか?

「元が来たよ」
母は笑顔で言う。
 
「お兄さんは10年前に死んだよ」
「まー兄さんじゃないの?」
私は長兄の死に顔を思い出す。
 
「元は死んでいなかったんだよ」
母は続ける。
 
「あの子は死んだフリをしていただけなんだって」
「ずるい子だったからね」
「大きな目を私を見たよ」
 
ずるいなんて、長兄が可哀相になった。
 
そして大きな目の長兄を思い出した。
 
長兄は癌で死んだ。
享年63歳だった。
 
長兄は離婚をしたいと父に許しを貰いに来た。
父は許さなかった。
老後を見てもらう条件で長兄に家を買う資金を渡していた。
それを兄嫁に渡すと長兄が言ったためだろう。
 
あの時に父が離婚を認めれば今の不幸は無かった。
長兄は父には逆らえなかった。
 
酒に走った。
長兄の妻は子供が家を出ると食事も作らなかった。
酒とタバコが兄の寿命を縮めた。
食道がんだった。
 
私が大学に行けたのも長兄のお陰だ。
長兄は自分の家から大学に行けばいいと言った。
学費も半分は出すと言って両親を説得した。
私が頼んだ訳では無かったが。
 
長兄は広い公務員住宅に住んでいた。
それならと両親は大学に行くのを許してくれた。
 
でも長兄は私と一緒には住まなかった。
学費も1円も出さなかった。
兄嫁が許さなかったからだろう。
 
こんな風だからずるいと言われる。
 
長兄は死ぬ何日か前には聞いたと言う。
 
「明子は何処に行った?今声がしたけど」と。
 
思い返せば優しい兄だった。
 
「明子ちゃんは私の宝」
姉は私が幼い頃よく言っていた。
 
幼い私がブランコを漕ぐ私を見る姉の優しいまなざしの写真。
 
この頃は昔の姉しか思い出さない。
 
 
母の言葉は私に忘れていた昔の兄姉の記憶を思い出させてくれた。
 
暖かい太陽が氷河を溶かす日が来るかも知れない。
 
それでも次兄には何のいい思い出もない。
子供の頃、小指をバットで叩いて骨折させられた。
大人になって新宿の雑踏で殴った。
顔は紫色に腫れた。
 
「あいつはもうすぐ死ぬよ」
次兄は今親戚中にいいふらしている。
 
私は体型や顔が長兄に似ている。
癌体質だと思われている。
だからもう死ぬと次兄に期待されている。
 
次兄は自分が年上と言うだけで威張っている。
偉いと思っている。
 
「お袋はお前が好きだからお前が見ろよ」
そんな風に命令もした。
 
 
次兄との壁は死んでも埋まらない。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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