100歳の母

母は元気に100歳になりました。

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30分フイットネスが流行しているらしい。
女性だけ、年齢を問わないのが人気の秘訣らしい。
 
家の近所にこのフイットネスクラブが出来た。
30分の無料体験が出来るという。
好奇心の強い私は早速無料体験を申し込んだ。
 
「カウンセリングをしてから無料体験をします」
電話に出た女性は言った。
 
指定する日に行った。
 
「ここに掛けて下さい」
安物の丸いテーブルのある場所をにきび顔の女が指差した。
 
「これを記入してください」
 
住所、生年月日、職業などお決まりの事を書き込んだ。
 
書き終わると女は聞いた。
 
「体をどう変えたいの?明子さん」
なれなれしく女は聞いた。
 
「そうですね。おなか周りをすっきりしたいですね」
「ちょっとぽっこりしてきたから」
 
そう答えたがこの答えは失敗だった。
 
「明子さん、ぽっこりおなかを直すにはこのフイットネスが最適ですよ」
女は同じ言葉を何回も繰り返した。
 
「自分に合うかどうかはやってみなきゃ分からないわ」
その度に私は答えた。
 
おまけに口が臭い。
 
よく見るとウエストがない。
運動が必要なのは自分じゃないかと思う。
 
本当は途中で帰りたかった。
この女と話すのは苦痛だった。
 
「じゃ、体験しましょう!」
女が言ったのは25分も喋り捲った後だった。
 
椅子から隣の椅子に移る。
そして又次の椅子に移ろうとする時女は言った。
 
「体験はここまで!」
 
そしてまたテーブルに着かされた。
 
「どうですか?」
「1日30分今の運動をすればぽっこりおなかは解消ですよ」
 
私は怒りを抑えて答えた。
「3秒しかやらないでは分からないわ」
女は聞こえないフリをした。
 
「1ヶ月7350円で健康が買えますよ」
 
あれキャッチフレーズと違う。
「1回500円じゃないの?」
「それだったら入会はしないわ!」
 
それだけのお金を出すならスポーツジムに行く。
スポーツジムにはお風呂もマッサージ機もある。
 
椅子に座るだけでそんなお金を出す人がいるんだろうか。
 
 
 
 
 
 

写真を破く母

「お墓は空だよ」
「お父さんは男部屋に居るから」
母はまたそんな事を言う。
 
「この下の階に居るんだ」
「でも何故か私を避けているんだよ」
 
「お墓はそれだから、要らないよ」
 
「お前連れてっておくれ」
「帽子をかぶって顔を分からなくしてさ」
 
母は持って行った柿も食べずにしゃべり続ける。
 
「どこに行くの?」
聞くと答える。
 
「この戸を開けるとさ」
母は説明を始める。
 
「右に行くと2つに分かれる道が有ってさ」
「そこを右側の石沿いに歩いて階段が有るから階段を登る」
「すると家が有るから、裏口の道を探すの」
 
「そしたらこうなった道が有るの」
母は指を交差させる。
 
「そこを行くと家があるから」
「そこの地下にお父さんは居るよ」
 
今さっき、自分の部屋の下にいると言ったのを母は忘れている。
 
机の上が散らばっている。
黒い紙くずが沢山ある。
 
何だろう。
私は紙くずを持ち上げた。
 
それは古い写真。
 
「もう要らんから捨てて!」
母は事も無げに言う。
 
この写真の貼って有ったアルバムは母が破いた。
その時にほとんどの写真も母は小さく切って捨てた。
 
残っていた写真は祖父母や父の若い頃の写真。
そして家族6人の集合写真だけ。
 
どんな思いで母は写真を破いたのだろう。
 
 
 
 

ネズミとりの正体は

母は食堂にいた。
何故かテーブルが斜めになっていた。
 
母は斜めのテーブルで震えていた。
 
「どうしたの?」
母の普通では無い様子に胸騒ぎがする。
 
「どうも、こうも。みんなで」
興奮のあまり何を言っているのか聞き取れない。
 
「ネズミとりがおったんだよ」
「いくら、言ってもみんな知らん振りだ」
 
ネズミとりって何だろう?
 
今日はホームの様子が違う。
この斜めのテーブル。
 
廊下を歩く黒い服の家族らしき人。
 
それに職員も見慣れない顔。
 
母の方を見ようともしない。
 
「ベッドの下からこんな風に鎌首を持ち上げて見てたんだよ」
「どんなに怖かったが分かる?」
 
母は手の平を水平にした。
 
「蛇の事?」
 
「そうネズミ捕りたい」
母は憮然と答える。
 
「これを食べようよ」
私は持って行ったバームクーヘンを皿に入れた。
 
「食べん」
母は攻撃的な目を向けた。
 
私は他の入所者に渡してくれるように職員に頼んだ。
いつもは10人居る入所者が3人しかいない。
 
「今日は皆さんお出かけですか?」
職員に聞いてもあいまいな笑いを浮かべるだけ。
 
それでも母はあっと言う間に食べ終わった。
 
「おいしいですね。いつもありがとうございます」
「甘すぎないでおいしいわ」
 
お礼を言たのは96歳のおばあさん。
家族は全く来ないが頭ははっきりしている。
 
冬の寝巻きを買ったので母に見せるために部屋に行った。
 
「布団をめくってよ」
「ネズミ捕りを捜さんば」
母は寝巻きも見ないで言う。
 
「もう蛇は居ないよ。寒いから」
私は小さな子供をあやすように言う。
 
「おらんと言うのか!」
「私が嘘を言ってるっていうのか!」
母は激昂した。
 
「私はネズミ捕りと目が合ったんだ」
「どんな怖いかお前に分かるか!」
 
この元気があるから母は健康で居られるのだろう。
 
「おやつの時間に職員が捕まえて山に捨てに言ったって」
どうすればいいか分からないので適当な返事をする。
 
「そがんとは嘘!」
母の声は上ずり、涙がこぼれている。
 
どうすればいいのだろう。
思案に暮れた。
 
母の補聴器を見た。
目盛りが1だった。
 
母は4でないと聞こえない。
 
何だかいつもの雰囲気と違うホーム。
聞こえなくて不安だっただろう。
 
「名前を書くね」
私は3組の寝巻きを母に見せた。
 
「みんないいね」
母はやっと落ち着いた顔をした。
 
 

7回忌を終えて

父の7回忌を終えた。
やっとここまで来た。
 
父の亡くなったのは平成17年。
お墓を建てたのは平成20年。
 
3年もの間姉は父の骨を母に渡さなかった。
 
父の骨はその間、お寺に預けられていた。
牛の糞尿の匂いにまみれたお寺だった。
 
父の骨が返って来てから私がお墓を建てた。
 
納骨の時に埋葬許可証が入っていなかった。
姉か兄かが最後の嫌がらせをした。
 
7回忌には母は出席しなかった。
現実と空想の世界に生きる母。
 
法要で又混乱を招くといけない。
 
明日で母は96歳。
そして日曜日は父の命日。
 
6年前の長い一日と同じ曜日だ。
 
辛かった過去は忘れようと思う。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
この所母は穏やかだった。
私はこの平安が長く続くのだろうと思っていた。
 
「着物を着るんだって」
母は私を見るとすぐ口を開いた。
 
又、結婚式の話だ。
 
「どうして?」
それでもとぼけて聞く。
 
「祝言を挙げるんだって」
「着物じゃないと駄目だって」
 
私はうんざりする。
 
「誰と結婚するの?」
聞くと母は答える。
 
「私が結婚するの」
母は何度聞いても同じ答だ。
 
「本当は結婚したくないの」
母は涙ぐむ。
 
「それでも、都会では一人では生きてはいけない」
 
「私はこれ以上の生活がしたい」
 
これ以上って母は何を求めるのだろう?
 
「お母さんが結婚したいならすればいいよ」
私はイライラを隠して答える。
 
「でも、結婚すればお父さんの年金は打ち切りだよ」
 
母はそんな話を聞いても平気だ。
 
「私は天然ガスを見つけたのよ」
「それが1億円の権利なの」
 
この前は父に貰った1億円だったけど。
 
「どこで見つけたの?」
母は私の質問に説明を始める。
 
「島の馬込の豆腐屋の上の坂道に松の木が有っただろう」
「あそこから、天然ガスが噴出していたんだよ」
「松の葉1本入らないきれいな石油だと豆腐屋さんが言ってたよ」
 
まるで本当のように話す。
 
「あの1億円が有れば相手も私を大事にするよ」
「お前、あのお金を持って来てよ」
母は1億円を私に預けていると言う。
 
「郵便局の通帳も判子もお前に預けているよ」
母にほとほとうんざりする。
 
「郵便局は1千万しか預からないよ」
「通帳も判子も預かっていない」
私は無駄な反論をする。
 
「じゃ、お金はどうしたの?」
母の追及は続く。
 
「今度お前の家に行くよ」
 
母は家捜しをするらしい。
 
「お前はお父さんと言うと怒るけど」
母は突然言い始める。
 
「私はお父さんを忘れられないよ」
 
私は聞く。
「じゃ、お父さんと結婚するの?」
 
「違う、お父さんの金(きん)を守っている人」
「私が結婚しないとお父さんの金が取られるから」
 
私はもう帰りたくなった。
 
「お客さんが来るから帰るわ」
ハンドバッグを持って立った。
 
「帰らないで!」
母は涙ぐんだ。
 
「何故、そんなに結婚に反対なの」
 
どう答えれば母は満足なのか。
 
「お母さんが結婚したいならそうすればいいよ」
マスコミが騒ぐと小さな声で毒づいた。
 
「そんな、お父さんと言うとお前は怒るけど」
母は又言った。
 
何故そんな風に言うのか分からない。
父は死んだと言うから愛が無い子だと思うのだろうか。
 
「おやつですよ」
職員が入って来た。
 
それを潮に私は部屋を出た。
 
母は又私を鬼だと言っているだろう。
 
明日は父の7回忌。
これまでは私にも苦難の日々だった。
 
 
 
 

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