100歳の母

母は元気に100歳になりました。

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ホームに行くと母は歌っていた。
今日は機嫌が良さそうだ。
 
私の心は明るくなった。
 
「部屋に行こうよ。話しがしたいから」
母の言葉に私の心はすぐ曇った。
 
「お前の大将はNHKに勤めているだろう?」
部屋に入ると突然に切り出す。
 
「大将って主人の事?」
母はうなずいた。
 
「NHKは勤めた事が無いよ」
何を言い始めるのだろうと母の顔を見る。
 
「おかしいね。大将が私を結婚させようとしているんだよ」
「私は金持ちだからね」
「大将がNHKNに勤めているのも私がお金を出して頼んだからだよ」
 
母は自分が大金持ちだと思っている。
死んだ父が金鉱を掘り当てたと思っている。
そして父が1億円を自分の口座に振り込んだと毎日報告する。
 
 
「結婚してもお金は相手には上げないよ」
「だから、お前、お金を貰っておくれ」
 
母の目は真剣。
 
「ところで誰と結婚するの?」
今日は誰だと言うのだろう。
 
「ここの偉い人が決めた相手だよ」
「お父さんは結婚に反対なんだ」
「髪も結わずに、いい服も着ないでお化粧もするなと言うのよ」
「ひどいでしょう?」
母はうっすらと涙。
 
「私だって結婚したくはない」
「でも、毎晩偉い人が来てドアをどんどん叩くの」
「結婚させるぞって言うんだよ」
 
「どんなに怖いか分かる?」
 
「もう辛くて自殺したい」
 
母は気に染まぬ相手が毎晩襲いに来ると言う。
それが死ぬほど嫌だと言う。
 
妄想から生まれる悲しみ。
 
私は話を続けるのが苦痛だった。
 
「面会時間が終わりだから帰るね」
私は泣いている母を慰める術も無く部屋を出た。
 
 
楽しい妄想ってないのだろうか?
 
 
 
 

雨の日に

受験のため東京に行った日の事だった。
私は試験会場の下見に行った。
 
タクシーを降りるとぽつん、ぽつんと雨粒が落ちてきた。
予報は雨だった。
その時に思い出したが遅い。
 
下見もそこそこに試験会場を出た。
 
雨は益々激しくなり、川のような水が坂道を転げ落ちる。
いい靴を履いてこなくて良かった。
 
でも私はずぶぬれだ。
スーパーもコンビニもない。
 
どうしたらいいだろう。
 
途方に呉れる私の目の前をゆっくりと高級車が通った。
この近くの住人らしい。
 
あの車の主に傘を借りようと思った。
車の止まる家を見届けた。
 
駐車場に車を止めている男性に声を掛けた。
 
「あの、タクシー乗り場はどっちに行ったらいいでしょうか?」
「道が分からなくて」
私は傘をどうぞと言ってくれるのを期待した。
 
「タクシー乗り場は遠いよ」
「近くなら、僕が送っていくよ」
予想以上の答だった。
 
「ありがとうございます」
ホテルは車で10分ほどの所だった。
 
私は髪の毛から水滴をたらしながらお礼を言った。
 
「銀行でお金を下ろし忘れたからまた出かけなきゃ行かなかったから」
恐縮する私に気を遣ってくれた。
 
彼はホテルの近くまで送ってくれた。
 
「これ、使っていいよ」
「2本有るから」
傘も呉れた。
 
その日の東京は集中豪雨で神田川が氾濫寸前だったと後で知った。
 
私も困っている人がいたら彼のような対応をしたいと思う。
それが彼への恩義だ。
 

子供のランク分

外国に赴任していた娘が1年ぶりに帰省した。
娘と母に会いに行った。
 
「おばあちゃん、元気だった?」
娘は母の顔を見て聞いた。
 
「何だか会った事があるような気がするね」
母は娘の顔をじっと見た。
 
「この辺まで出てるけどね」
母は喉を指差した。
 
「千尋だよ」
私はたまりかねて言った。
 
「ああ!」
「えらく老けたね!」
 
母は相変わらず遠慮が無い。
 
娘はアラサー。
若いとは言えないけど。
折角来てくれたのに。
 
 
娘にごめんねと後で謝った。
 
「ボケているから仕方ないよ」
「でも、よく耐えられるね」
娘は言った。
 
「私のおばあちゃんへの愛情よりも千尋の私への愛情が深いと思うよ」
「でも、私がおばあちゃんにした世話を千尋は私には出来ないと思う」
私は答えた。
 
 
「お母さんはおばあちゃんを好きじゃないからできるのかもね」
 
「あんなに叔父さんが好きなおばあちゃんなのによく耐えるわ」
 
母は短い時間の中にも次兄の話をした。
気象予報士だのテレビタレントだの。
それは娘には残酷に思えたかも知れない。
 
 
そんなに次兄が好きならと悔しい思いをする事はたびたびだ。
 
好きな子、嫌いな子。自慢の子。大事な子。
 
母の中で子供は明確にランク分けされている。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

母の歌う歌

母の歌を久しぶりに聞いた。
 
内容から日露戦争の歌らしい。
 
初めて聞く歌だった。
 
 一列談判(らんぱん)破裂して
 
 二 日露戦争始まった
 
 三 さっさと逃げるはロシヤの兵
 
 四 死んでも(死ぬまで)尽くすは日本の兵
 
 五 五万の兵(御門の兵)を引き連れて
 六 六人残して皆殺し
 七 七月八日の戦いに
 
 八 ハルピンまでも攻め込んで(寄って)
 
 九 クロポトキン(クロパトキン)の首を取り
 
 十 東郷元帥(大将)万々才(十でとうとう大勝利)
 
母は父や私の名を忘れても歌は忘れていない。
 
祖父は日露戦争に従軍した。
きっと母にこの歌を聞かせたのだろう。
 
 
祖父は従軍後トラコーマにを患った。
それで村はずれに隔離されたそうだ。
 
今の日本ではトラコーマは撲滅した。
そして樺太も千島もロシアが占領している。
 
母の歌う歌も歴史と共に忘れられるだろう。
 
 
 
 



女の価値は年齢?

ホームに行くと母は部屋にいた。
 
どうしたのと聞いた。
 
嫌なのよね。あの人が私の年を聞くの。
母は眉をひそめて答えた。
 
そんな母の車椅子を押して食堂に行った。
おやつの時間だ。
 
持って行った梨を職員に渡す。
梨は食べやすいように薄く切ってある。
 
母が席に着くととなりに座るおばあさんがすぐ聞いた。
 
奥さん、年はいくつと。
 
また聞いたと母は嫌な顔をした。
 
言ったじゃないの。
不機嫌に答えた。
 
聞いたけど忘れた。
おばあさんは悪びれず答える。
 
大正生まれですよ。
私は見かねて答える。
 
私は昭和生まれ。
おばあさんは自慢そうに答えた。
 
私の母がいれば奥さんといい友達になったわ。
おばあさんは同じ事を2,3回言った。
 
母は露骨に嫌な顔をした。
 
私から見れば二人は大して年は変わらない。
 
 
やたらと人の年齢を気にする女性は多い。
 
それは年齢で人の価値を決めるみたいで不快だ。
 
私も年齢で不快な思いをした事が有る。
 
「あじさいさんっていくつなの?」
オフ会でしつこく聞く女性がいた。
 
適当に流していた。
それでも引き下がらない。
 
それでしぶしぶ年齢を教えた。
(少し、引き算をして)
引き算をすると彼女より若かった。
 
「60歳と言ったじゃない!」
彼女は怒った口調で言った。
 
「私はまだ50台だよ」
「誰かと間違えたんじゃないの?」
 
私は年齢にこだわる彼女に嫌気がさした。
 
それでも彼女は自分は年下だと言うポーズを取った。
彼女は必ず私の事を何回かブログで年上だと記事にした。
 
そしてそれはそれだけにはとどまらなかった。
 
共通のブログ友にコメントした時の事だった。
相手のコメントの返しが強烈だった。
 
お前は60女だろう。
そんなババアの水着姿なんかみたくはないわ。
 
私は傷ついた。
もう彼のブログには行かないと決めた。
 
それでも何日かしてやはり彼に傷ついたとゲスブに書いた。
 
年齢はやはり彼女からの情報だった。
 
どうして私が60歳なの?
 
しばらく考えて思い出した。
彼女がパソコンがうまく使えないとブログでこぼしていた。
それを年齢のせいにしていた。
 
だから私は力付けるつもりでコメントした。
 
もうすぐ60ですがパソコンは年齢には関係ないですよ。
毎日使っていれば上達しますよ。
 
力づけるつもりで傷ついてしまった。
 
自分の年を引き算しても足し算をするもんじゃない。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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