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河口湖から見る富士山
叔母との再会をした母。
母は叔母を覚えていたのだろうか?
2日後に母に聞いた。
「叔母さんが分かった?」
母は泣きそうな顔をした。
「私は小学校の頃仲間外れだったんだよ」
「トラホームだったからね」
『トラホームが近づくとうつるぞ』
「みんなそう言って指をさして笑ったんだよ」
「どんなに悲しかったか」
「苛めたのはね」
母は何人かの名前をすらすらと挙げた。
「誰も遊んでくれなくて悲しかったよ」
母の目からは涙が転げ落ちた。
気丈な母にそんな心の傷が有るとは思わなかった。
祖父は日露戦争に行ったそうだ。
そしてそこでトラコーマを貰ってきたらしい。
そう言えば姉もトラコーマだったと姉自身から聞いた。
「何でばあさんに似るの!」
「ああ嫌だ」
姉がトラコーマだったと聞いたのは両親が上京してからだった。
姉にしても完治して数十年が経っている。
それでも嫌な思いを忘れられないでいたのだろう。
今の日本ではトラコーマは絶滅したという。
それでも形を変えて病気が原因の苛めは有るのだろうと思う。
97歳になっても癒えない心の傷。
その傷の深さにやりきれなさを感じる。
「美代子は優しい子」
母はこの頃よく言う。
自分と同じ病気の姉を気遣っているようだ。
この母の愛を姉に分かってもらいたい。
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2012年12月08日
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