100歳の母

母は元気に100歳になりました。

母との日々

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さすが母

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庭のあじさい
 
ホームの帰りに他の入所者の家族と話した。
 
「ひどいんだよ」
彼女は昨日見た事を教えてくれた。
 
職員がユニクロの袋にごみを入れていた。
 
「それ、私の捨てないで」
母は言ったと言う。
 
すると職員はうるさいわね、と言って母の所に来た。
車椅子を押して部屋に連れて行ってドアを閉めた。
 
「自分たちは専門家じゃじゃないの!」
「面倒だからと何故説明もせずに部屋に入れるの!」
彼女は呆れていた。
 
大体介護職員の自覚が無いのだろう。
高齢の入所者に普通の人と同じように接するのはおかしいと思わないのだろうか?
 
「でもね」
彼女は笑った。
 
「お母さんは後で言ったんだよ」
「あんたみたいに意地が悪いと誰も結婚しないよて」
「それでもあの職員は聞こえないふりをしていた」
 
母らしい反抗だ。
 
さすがに母と言うべきか。
 
「胸がすうっとしたわ」
彼女は笑顔だった。
 
彼女の母親は口があまり利けないので手は青あざだらけ。
どうしてですかと聞いても知らないと答えられる。
 
他の面会者が居てもそうなのだ。
 
「居ないときはもっとひどいんじゃないの」
彼女の声は曇った。
 
彼女が居たから職員は聞こえないふりのだ。
もし居なければ又青あざを作っていただろう。
 
 
 
 
 

故郷の言葉

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夕焼け雲
 
テレビで故郷の近くの町を放映していた。
 
「うまかろが?」と店の人が聞く。
 
「うまかね」
タレントが答えている。
 
独特のアクセント、イントネーションが懐かしい。
 
「どんな意味?」
同行したアナウンサーが聞いている。
 
タレントは「おいしいと言う意味だよ」
説明している。
 
本当に分からないのかなと思う。
 
「お母さんの話はちっとも分かりません」
「方言がひどくて」
施設の職員は口を曲げて言う。
 
母も故郷に居ればこんな事も言われず済んだ。
思いのままに方言を話せた。
 
そしたら母は笑顔があっただろうか?
 
 
 
 
 

父の歓迎会

「お父さんが会いに来たのよ」
「家を借りたら迎えに来るって」
母は相変わらず父が生き返ったと信じている。
 
「お父さんの歓迎会を開いてくれない?」
母はそんな事まで言い出す。
 
私は何と答えていいのか戸惑う。
 
「お前は嬉しくないんだね」
「お父さんが嫌いなんだ」
母はそう言うと泣いた。
本当に泣いていた。
 
 
「お母さん、お父さんは死んだのよ」
「骨になったお父さんを覚えているでしょう」
「お父さんの骨は笑っているようだったでしょう?」
 
頬骨の高い父の顔の骨はまるで笑っているようだった。
 
「骨は見たけどさ」
母は反撃する。
 
「3人だけ死ななかったんだ」
「そしてその内2人は日本兵に殺された」
「棒で海に沈められたんだ」
 
父が医療事故で生死の境をさ迷っている時に見た夢と同じだった。
 
「子供と夫婦じゃ愛情が違うんだね」
母は歓迎会を開かない私にいらだっている。
 
「お父さんは草刈をして早く帰っていいよと言うのよ」
「あんな優しいお父さんを見捨てられないよ」
 
最近まで耳をふさぎたくなるほど父をののしっていたのが嘘みたいだ。
 
「お父さんはお金を持っていないって」
「私の隣に座っているあの人に同情してお金を上げたからよ」
母は父への嫉妬を忘れない。
 
「家は○○の家の傍さ」
「知ってるでしょう?」
「あそこに溝が有ってさ」
母はまるで見て来たように話をする。
 
私は母がおしっこ臭いのに気がついた。
母をトイレに連れて行った。
 
母はオムツはしていなかった。
尿ぱっとを当てていた。
 
それは裏返しだった。
 
おしっこはみんなズボンに流れ落ちていた。
 
「お母さん、こっちが内側よ」
パットの使い方を教えたが母は分かったかどうか疑問だ。
 
部屋に帰って母の着替えをした。
 
 
「おーい。おーい」
母は大声で叫んだ。
 
「今、誰か呼んだんだよ」
「お父さんかな」
 
母は目を輝かせた。
 
 
 
 
 

愛無き職員

母のフロアには10人の入所者がいる。
面会に来るのはその内の3人の家族だけ。
 
話をしたいなといつも思っていた。
偶然に今日、その機会を得た。
 
私はホームから出て庭でバラを見ていた。
 
「バラ、好きなんですか?」
声を掛けてきたのはAさんだった。
 
二人でしばらくバラ談義。。
 
「あぁ疲れた」
二人のそばにBさんが来た。
 
「ばあちゃんがね、ここの姉ちゃん意地悪って言うんだよ」
「気に入らないと物を投げるって!」
「手を叩くって」
 
Bさんの言葉に私は彼女の手を握った。
 
「母も同じ事を言うのよ」
「でも、認知症だからって片付けられるって思って誰にも言えなかったけど」
母の思い違いではなく現実に起こっているのだ。
 
「大体、ここの職員は愛情が無いよね」
Aさんの言葉に一同うなずいた。
 
「義務を果たせばいいと思っている」
「効率的に物事が運べばいいと思っているんだよ」
Aさんは大声になる。
 
「口を開けさせてどんどん食べ物を放り込んでいくんだよ」
「母は窒息死しそうだった」
 
Aさんのお母さんはいつも咳き込んでいる。
嚥下がうまく出来ない。
それは私でも知っている。
 
「だからとろみを強くつけないで下さいと頼んだのよ」
「そしたら、牛乳は飲み込めるじゃないですかと言われたわ」
Aさんの言葉は私にも思い当たる。
 
「多分、その日だと思うわ」
「母も喉にとろみが詰まって吐いたのよ」
その日夕方に母の所に行くと母は吐いていた。
 
「看護婦さんに様子を見てもらったの」
「それで看護婦さんが職員にどうしたのかと聞いたの」
 
「そしたら、見てないから知りませんと答えたんだよ」
看護婦は追及はしなかった。
 
窒息死すれば見ていませんでしたで通ると思っているのだろうか。
 
「義母は足に青あざが絶えないのよ」
「それでどうしたのですかと聞くと知りませんと言うのよ」
「隠しカメラでも付けたいわ」
Bさんはため息をつく。
 
「そう言えば」
私は思い出した。
「母が目の下に青あざを作っていたの」
「どうしたんですかと聞いたらベッドから落ちたんでしょうと言ったけどね」
 
ベッドから落ちてどうして目の下に青あざが出来るのか分からない。
 
知りません。
見てません。
それで職員は済まそうとする。
 
「色々私も最初は言ったのよ」
Aさんは泣いていた。
「それでも母がその分意地悪されるから止めてくれと母が言うの」
 
私も色々施設に言った。
それだからと良くなった事は無く、形を変えて悪化している。
 
「それにみんな気分屋だと思わない?」
「挨拶もろくろくしない」
Aさんの言葉に私たちはうなずく。
 
ここは事務職員にいたるまで気が向かないと挨拶を返さない。
 
何が気に入らなかったのかとびくびくしてしまう。
 
それでも、みんな同じ思いだったと知ってちょっと気分が晴れた。
 
 
 
 
 
「そこで会わなかった?」
母は目を輝かせて聞いた。
 
「誰に?」私は聞く。
 
母の話は主語が無い。
 
「誰ってお父さんだよ」
 
母は父が死んだことを忘れてしまった。
 
「お父さんが金鉱を探し当てたんだって」
「ほら、土地がぶすぶすしてる所が有ったでしょう?」
「あそこが金脈だったんだよ」
 
「それで私、黙っていられなくなって5億円の話をしたの」
 
母は国から5億円の謝礼金が出ると信じている。
この震災を自分が食い止めたと思っている。
 
私は答えようがなくて黙ってしまう。
 
「お父さんに早く電話してよ」
「明子は何て冷たい子だろうと言われるよ」
 
「携帯を忘れたから家に帰って電話するわ」
 
「じゃ、ちゃんと電話してよ」
 
私はまだぶつぶつ言っている母の車椅子を押して庭に出た。
東屋に入り持って来たとうもろこしを渡した。
 
母は1本をぺろりと食べた。
 
「お父さんが居ないと寂しいよね」
「誰とも話せない」
「色々どうしたらいいか聞く相手もいないんだよね」
母は食べ終わるとまた愚痴を言う。
 
私だって寂しい。
夫はテレビとパソコンが有れば会話は要らない。
 
二人の子供は電話すらめったにしない。
 
離れた土地から来たので友達もいない。
この土地の人はよそ者を嫌うから友達にはなれない。
 
毎日毎日母からは愚痴を聞かされる。
 
 
この前笑ったのはいつだろうと思っても思い出せない。
 
それなのに母は言う。
 
「でも色々は言えないよ」
「だってしわだらけだもの」
「言えばまたしわが増えるよ」
 
「え?誰がしわだらけ」
 
「お前だよ」
 
母は私がしわだらけと言ったのだ。
 
ショックで何も言えなかった。
 
 
「お父さんに電話してよ」
帰り際に母は何度も繰り返した。
 
「うん」
答えたが重い気分は消えなかった。
 
 
この前は着ている服が安物だと言われた。
 
母は私を傷つけるポイントを知っているらしい。
 
親だもんね。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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