ルーツの秘密

貴方はご存知ですか?ご自分の本当のルーツ(家系)

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ご無沙汰しています。仕事とプライベートが多忙で、なかなかゆっくりとプログできなくて、気がついたらもう半年経っていました。時の流れって速いですね。人は、こうして年輪を重ねていくんでしょうね。そして、その何代もの積み重ねが、家系となって残っているんでしようし、またこれからも積み上げられていくんでしょう。

徳川家康に召抱えられた稲守将監俊正は、御家人と言う身分で、豊臣秀吉の小田原攻め、慶長の役、賤が岳の戦い、小牧長久手の戦い、関が原の戦い(この時、次男は、筒井定次の家臣として、徳川方に、三男の稲守三左衛門、五男の重正は豊臣方に参戦、俊正と四男の實栄は徳川方に参戦したが、豊臣方敗戦により、三男の三左衛門は九州に落ち延び、五男の重正は、その子正俊とともに、大阪冬の陣、夏の陣に参戦したが敗戦して、今の静岡県駿河国田尻に隠棲して、家紋を九枚笹に変えて稲森姓を称した。)

チョッと説明がくどいのですが、要するに、稲守将監俊正は徳川家の御家人として召抱えられたということです。そして、俊正より三代目の實定は徳川家家臣として大阪冬の陣、夏の陣に参戦した。俊正より四代目の栄實、五代目の定正と代々徳川家に仕え六代目の定富の時に旗本に昇進したようです。

御家人⇒お目見え以下の家臣
旗本 ⇒お目見え以上の家臣
となっていますが、お目見え以上の役職を三代仕えると旗本に昇進できたようです。

ところで、稲守、稲森、稲盛姓は、数は少ないようですが北は北海道、南は九州・沖縄まで、分布しているようです。何か情報をお持ちの方お知らせください。

閉じる コメント(3)

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長崎、島原半島。
おそらく「稲森」は私だけです。

2013/5/30(木) 午後 9:00 [ 稲森 ]

初めまして。暫くぶりに覗いたので、大分間が空いてしまいました。申し訳有りません。島原方面の方は、初めてですね。可能性として、足利尊氏に従って、九州に渡られたか、島原の乱の時に、行かれたのかもしれませんね。> 稲森さん

2016/3/8(火) 午前 11:11 asi*a_k**utar*u23

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初めまして。子供が生まれ、先祖を語れるよう自分のルーツを辿りました。父方の父、父方の母とも伊賀出身で、父方に繋がる戸籍を全て所得致しました。嘉永まで遡れました。その中で父の祖母が稲森家でした。戸籍を取得し眺めていると…誰一人欠けても自分は存在しないと思うと、感謝の気持ちとともに涙がこみ上げてきました。ありがとう。祖母の代で京都に出てまいりまして、京都生まれの東京育ちで、現在は横浜在住です。

2018/1/7(日) 午後 10:23 [ 夕顔 ]


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