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大変ご無沙汰していました。本当に久しぶりです。この世を去ってしまった
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こんにちは、ゲストさん
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大変ご無沙汰していました。本当に久しぶりです。この世を去ってしまった
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ご無沙汰しています。仕事とプライベートが多忙で、なかなかゆっくりとプログできなくて、気がついたらもう半年経っていました。時の流れって速いですね。人は、こうして年輪を重ねていくんでしょうね。そして、その何代もの積み重ねが、家系となって残っているんでしようし、またこれからも積み上げられていくんでしょう。 |
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先にご紹介した二つの家紋に加えて、三つ目の家紋は変わり抱き稲オモダカです。これはおそらく名字にちなんだものと思われますが、父の生家の四谷にはお稲荷さんが祭られていたとも聞き及んでいますので、稲荷(飯綱)信仰とかかわりがあるかもしれません。 |
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初代稲守将監信重より三代目の俊正の長男は伊賀の乱で戦死、次男の正定は筒井定次に仕えて幾多の合戦に参戦し関が原の戦いでは、東軍につく。三男稲守三左衛門は豊臣方家臣となり、後に九州に渡った。四男の稲守實栄は父俊正とともに、徳川家の家臣となり、五男の稲守重正は息子正俊とともに豊臣方家臣と |
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大日本姓氏辞典では、稲守・稲森氏の祖先を源 義隆流としているが、何を根拠にしているのだろう。どなたか詳しい方がいたら教えてください。我が家の系図によれば明らかに頼光流です。義経の娘を嫁にしていた、伊豆 有綱(源 有綱)の子孫であることは系図により明らかです。父から聞いた話によると、祖父は「我が家の祖先は、源 義経だ。」と言っていたそうです。原本は、戦災で消失していますが、系図も明らかだし、家紋も矢筈紋を使用しているところをみても、頼光流であることは明らかです。もしかしたらなにかの事情で、系図の詐称が行われたのかもしれません。頼朝にとっての反逆者である義経に関わることを隠すために・・・。 |
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