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1年の時は学校に行っていたのだが、2年・3年とほとんど(ゼロに近い)行かなかったらしい。
今年が卒業の年。親は高校に行かせたいらしいのだが、果たして行けるのか? と言う相談である。いや相談と言うよりも質問と言うべきか。 本人ではなく、いわば第三者の疑問である。 答えは色々である。その学校の姿勢によ所が大きい。例えば2年間学校に通っていない子供が 卒業できるのか?たとえば ある学校では、学校内に分校を作り他の生徒と交わることなく、だけど授業は受けている。 ある学校では、先生がその子の家庭に出向き、教えたり、課題を与えてやらせているところもある。 前記の例は登校扱い、出席としている。後記はどれだけ課題をこなしたかで多少違う。 ほとんどの学校が、何らかの手段は用いている筈で卒業はできるだろう。 さて入学となると、勿論入試は受けれるだろうが、合否は別問題となるであろうと思われる。 学校は正しくありのままを高校に提出しなければならない。それを判断するのは各々の高校で あり、何とも言えないだろう。学校によっては、最初から切るところもありだろうし、逆に 大丈夫、うちで面倒みます。と言うところもあり得る。 他にも不登校を専門に受け入れているところもある。 この期に及んでは、私の出る幕ではない。こんな風になる前に、1〜2年も放っておいた親が 悪い。やはりこんな子が存在する限り、何らかの手助けの施設や団体が必要としみじみ感じる 学校としても手は打っているのだが、現に不登校生は沢山存在している。 私が始めようとしているのは8月。残念ながらこの子の力にはなれなかった。 |
学校・教育現場
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コメント(6)
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どんな頑固親父でも先生には逆らわなかった 「うちの子が悪い時は遠慮なく叱ってください」 私達は、同胞と共に随分昔から教育の大切さ・道徳を解く為、悪の元凶(日本を駄目にした) 日教組(全教組)を糾弾してきた。 世間は、街宣車数10台〜数100台を動員しての抗議活動。 うるさいと思われたかも知れないが、ここに来てようやく何故同胞達が集結し、教職員組合を 糾弾してきたかお分かりいただけたと思う うなぎの偽装にかける訳ではないけど、ここ最近の先生の性行動を伴う犯罪は、年200件を 超える勢いである しかし、それでも、これはほんの氷山の一角である
ここに、先生が犯した父兄への行動を書かせた反省文がある
注;実名の入ったところは消してあります。本人の名前も これは生徒にではなく、その親に対して教育をした事例である よく、「先生も、警察も人間だから過ちは犯すさ」と言う事を口にするやつがいる 一番嫌いな言葉の一つである 何故先生になるのか?何故?警察官になるのか? 先生は、子供に人間としてのイロハから教えて、立派な大人になる事を教える事 警察は、その中の悪を取り締まり、社会を守っていく立場にある 故に先生らは聖職者と呼ばれる。いや呼ばれていた(もう過去形であるが) そう呼ばれるものは絶対に法を犯してはならない。犯したくなったら即刻職を辞して犯罪でも犯せばいい 行く先は決まっているが 話を本題に戻そう この反省文を書かせた先生は、結婚して、子供が出来たばかり。公にするのは流石に私も考えた 公表すれば恐らく生まれたばかりの我が子とも別れをしなければならなくなるだろう 勿論新婚さんだから即刻離婚 あまりにも可哀想だから(本人ではなく、何も知らない奥様がである) こういうやつに限って、学校では評判がいい 結果、手心を加え、地元の学校から出て行くことを条件に、反省文を書かせ、公にしない事にした 本人は「お願いします、今は転勤願いも締め切ってあり、もう1年置かせてください」 と懇願してきたが、それは許さない。こんなやつに子供が任せられる訳が無い 断じて、許すべし。転勤か・やめるかを迫った (どうやら、奥さんにも、学校にも何故か説明のしようがないらしい) いきなりの事だから、新聞にも移動が載らなかった。何も知らない父兄らは不思議がっていたが 反省文を書かせた手前、公表していない。今でも誰も真相は知らない。 ただ、警察にだけは言ってある。私が変に誤解されるのを避ける為に。 その昔、無実なのに大変な目にあった事があるから まずは一人目。
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昨日のニュースの欄に{尊敬する人は}というアンケートを青少年機構が行い調査結果が |

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東国原宮崎県知事の愛の体罰論に思う教師の今昔 小学生時代 我々が小学生の頃、教室で騒いだり悪ふざけをしたら、廊下に正座させられた。 この恥かしさと痺れと痛みは今も心に残っている。しかし、嫌な思い出ではない。正座させられた後、職員室に放課後 呼ばれて、多少の説教の後、お菓子とか飲み物をそっと出してくれた。(ああこんな優しい先生に迷惑かけて 悪かった)と、素直に反省できた。 喧嘩をした時など両成敗、二人ともげんこつで殴られた。その後、ここでも仲直りするまで説教。そしていきなり 夜に自宅まで先生の方からやってきて、今日あったことを両親に話す。本人は、親からも怒られるが、 その後は親と先生は飲み会を始める。飲み会が進むにつれ、そこに呼ばれて「00君は、こういう所が優れているとか、 ココはこうしたほうが良い」とか親にも説明してくれる。 こうして学校であった出来事は親に全て知らされる。子供は嫌だし、恥ずかしいから悪さをしなくなる。 そんな先生達ばかり(中には嫌な先生もいたが)だから、転勤していく時など本当に嫌だった。 中学生時代 我々の時代にも虐めはあった。しかし今の虐めと違う点がある。陰でやるのではなく、みんなの前で行なわれるから 必ず、止めに入る者がいた。自然とグループが出来上がり、のけ者にされる子もいたが、先生が必ず出てきて、 フォローしてくれ一人ぼっちにされるような事態にはならない。 夏休みなど先生の実家まで何人かで遊びに行くことも何度かあった。 我々の世代なら誰でも当然経験してしてきたことばかり。私達は、小・中学時代の時期に痛みとか、尊敬すること・ 悪さをしたら誰かに迷惑がかかる、こういう事を自然に学んできた。先生も思い切り自分の教えを生徒に説くことが出来た。 それがいつの頃からか、体罰絶対禁止となり、何かあれば親が学校に乗り込み騒ぐ。子供同士の揉め事にも口を挟み、 先生に対して、あなたの教育が悪いと言っては怒鳴り込んでくる。「モンスター・ペアレント」の出現だ。 生徒に痛みを教え込めない、体罰も暴力も同じ扱いになってしまった。 痛みを知れば、他人の痛みも理解できるのに。 是非、今の時代の親にも我が子への体罰は「愛のむち」他人への痛みの理解と解釈して欲しい。 愛ある体罰の復活こそが、ひょとしたら子供を救う近道かも知れないと言えないだろうか。 世の先生方、教師になる時思い描いた理想の教育方針があったはずです。モンスター・ペアレント恐るる事なかれ。 その生徒の将来の為、思い切りやりなはれ。日教組を脱退して。 |

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この言葉は、暴力により支配が続いていた時代、報復の連鎖では問題は解決しない。我々は、自らの主張を文によって戦おう、と正義に為に弾圧も覚悟の上で論文等を書いた真の勇者達の為に使われた言葉。 |

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