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FOXチャンネルで放送されている「アメリカン・アイドル」をたまに観ることがあります。イギリスの人気テレビ番組「ポップアイドル」からのフォーマット(番組企画)を使用したアメリカ版だそうですが、アメリカ国籍の16歳から28歳までの男女が10万人参加するというのが凄いですね。
まず各地で一次審査として3人の審査員の前でアカペラで歌い。審査員の判定(基本的には3人中2人の審査員の賛成、たまにゲスト審査員も加わることがある)でハリウッドへ行ける応募者が決まり、この一次審査で数百人程度にまで絞られるといいます。ハリウッドではグループ歌謡審査などで3人の審査員がセミ・ファイナリストの24人にまで応募者を絞り込まれていきます。
そしてセミ・ファイナリストが出揃った時点で視聴者の参加が始まることが人気の理由になっていて、24人の応募者のパフォーマンスが放送され、その後視聴者の電話投票で得票数下位4人ずつ落とされていく。最終的には3週間後に応募者はファイナリストの12人になります。ここからは毎週1人ずつ最下位の得票数のファイナリストが落とされていくという流れです。
この審査員の一人を務めるのがサイモン・コーウェル。彼はどんな経歴を持つのか興味があってウィキペディアでチェックしてみました。彼はイル・ディーヴォのプロデューサーでもありました。
「サイモン・コーウェルはサイモン・コーウェル(1959年10月7日 - )は「イギリスのソニーBMG・ミュージックエンタテインメントの音楽プロデューサー。ブライトンで生まれ、ハートフォードシャー州のElstreeで育つ。父親は不動産開発業や音楽界で働いていた。17歳で学校を辞め、いくつかの仕事を経験するがいずれも同僚や上司とそりが合わなくて長続きしなかった。最終的に父親が重役として働いていたEMI Music Publishingの郵便仕分け室で働くようになる。1980年代にはレコード・プロデューサーとして働くようになる」。
「2001年、『ポップ・アイドル』の審査員となり、2001年にはアメリカ版とも言える『アメリカン・アイドル』でも審査員を務めた。出場者に対する彼の厳しい批判はこれらの番組を有名にする理由の一つとなり、コーウェルは『nasty guy Simon』として一躍有名になる」。
「彼のよく言うフレーズには『I don't mean to be rude, but …』(この題名で自伝も出版している)があるが、その後には出場者に対して中傷とも取られかねない手厳しい批判(パーソナリティから外見まで)が続くことが多い。しかしその批判は当たっている場合も多く、彼を支持する人も多い」。
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