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1976年の「ウィ・アー・オール・アローン」、地元の馴染みのライブ・ハウスのマスターが歌ってくれます。これがまたいいんですね。バックは打ち込みのオリジナルコピー版ですが、後半からのリードギターはマスターによる完全コピーで、完璧です。
この曲が収録されているボズ・スキャッグスのアルバムが「シルク・ディグリーズ」ですが、このアルバム制作時に集められたメンバーが母体になってTOTOが結成されたのだとは今日まで知りませんでした。ということは、この曲のバックではTOTOのメンバーが演奏していると考えてもいいのでしょうね。ボズも今日で63歳。いつか彼のライブで「ウィ・アー・オール・アローン」を聴いてみたいものです。
ボズ・スキャッグス(Boz Scaggs, 本名:William Royce Scaggs, 1944年6月8日 - )は「アメリカのミュージシャン。1970年代後半から1980年代にかけて流行したAORサウンドを代表するシンガーである。オハイオ州生まれ。少年時代をテキサス州で過ごす。12歳のときにギターを始め、セント・マークス・スクールでスティーヴ・ミラーと出会う。彼にギターを習いながらヴォーカリストとしてバンド活動を始めた。二人は共にウィスコンシン大学に進み、大学時代もブルース・バンドを組んだ」。
「1960年代前半、白人によるリズム&ブルースが盛んだったイギリスのロンドンへ渡る。いくつかのバンドでプレイした後、ソロとしてヨーロッパを遠征中スウェーデンのポリドール・レコードの目にとまり、1965年にデビュー作『ボズ』を発表する。帰国後、サンフランシスコを拠点に活動し、スティーヴ・ミラー・バンドのファーストアルバムに参加。これで好評を得たボズは1969年にアトランティック・レコードからアメリカでのデビュー果たすが、しばらくはセールスに恵まれなかった」。
「R&B色が濃い泥臭い音楽を続けていたボズだが、1976年、ファンキーでクロスオーバー的な洗練されたサウンドの『シルク・ディグリーズ』を発表。これが全米2位を記録し、500万枚以上を売り上げた。アルバムからも『ロウ・ダウン』(全米第3位)、AORのスタンダード曲『ウィ・アー・オール・アローン』の大ヒットを放つ(このアルバムに参加したセッションミュージシャンたちは後にTOTOを結成)。次作の
『ダウン・トゥ・ゼン・レフト』、『ミドル・マン』も続いてヒットした」。
「その後、ヒットチャートからはしばらく遠ざかっていたが、1988年の『アザー・ロード』でカムバックを果たし、健在ぶりを見せつけた。ボズのヒットをきっかけに大人向けの洗練された音楽が流行し、AORというひとつのジャンルを形成するに至る。なお、AOR(アダルト・オリエンテッド・ロック)は日本独自の呼び方で、アメリカではMOR(ミドル・オブ・ザ・ロード)、AC(アダルト・コンテンポラリー)などと呼ばれる」。(ウィキペディア)
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ボズ、好きでした。学生時代にはボズとトトのコピーバンドをやっていました。
2007/7/1(日) 午前 8:04
ねこもどきさん、ご無沙汰です。ボズとトトのコピーバンドとは、御見それしました。
2007/7/2(月) 午前 0:43 [ aso**otoh ]
突然お邪魔します。
私はTOTOが大好きなのですが、TOTOの生みの親ともいえるボズも大好きです。
2007/9/14(金) 午後 4:54 [ hss*s*i ]
hssushiさん、コメントありがとうございます。歳を重ねるほどAORが体に沁みてくるようです。いつかお二人の娘さんと一緒に聴ける日が楽しみですね。
2007/9/14(金) 午後 6:17 [ aso**otoh ]
はじめまして。TOTOの記事をアップしたらこちらを拝見したのでお邪魔させていただきました(^^ゞ
余計なこととは思いつつ^^;
TOTOが出来たのはドラムのジェフとキーボードのペイチが同じハイスクールでバンドを結成したのが前身です。ルカサーと弟のスティーヴ・ポーカロも同じハイスクールでそのバンドを二人から引き継いでその後TOTOに至ります(^^ゞ
失礼しましたm(__)m
2007/9/20(木) 午後 10:00
MAYさん、ご指摘ありがとうございます。TOTOのこと、勉強になりました。
2007/9/21(金) 午前 10:57 [ aso**otoh ]