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先程地元のFMで「アラベスク」の「ハロー・ミスター・モンキー」が流れました。1970年代後半、日本ではABBAより若干遅れてダンスミュージックシーンで人気を博したのが「アラベスク」でした。ダンスミュージックは8ビートでドラムのバスが8分音符を打つのが典型ですね。「アラベスク」がデビューしたのは30年前でした。
アラベスク (Arabesque)は、「1977年にデビューし、1984年頃まで活動した西ドイツ(当時)の音楽プロジェクトである。竹の子族などの支持もあり、80年代前期の日本における洋楽の人気の牽引車となり、日本発の人気は韓国・中国語圏などアジアにまで広がった。一方、本国西ドイツでは「哀愁のマリゴット」(チャート8位)しかヒットしなかった」。
「1977年、西ドイツの実業家であるヴォルフガング・メーヴェス(Wolfgang Mewes)は、当時ドイツから世界に向けてヒットを連発していたボニーMに触発されて、自らもボニーMのようなプロジェクトを作りたいと思い立ち、傘下の音楽出版社でプロジェクトチームを組み、プロトタイプとして『ハロー・ミスター・モンキー』を制作、世界各地に売り込みをかける」。
「1978年、日本のビクター音楽産業が、『ハロー・ミスター・モンキー』の日本での発売権を獲得し、大ヒットを記録。このヒットによって、それまでいろいろな人物が入れ変わり立ち変わりしていた『アラベスク』は、音楽プロデューサーにジーン・フランクファーター、シンガー・チームにサンドラ・アン・ラウアー(後にマイケル・クレトゥとともにEnigmaとして活動する)、ミシェーラ・ローズ、ジャスミン・エリザベス・フェッターという固定したメンバーによるプロジェクトとして活動することとなる」。
「特に1979年から加入しメイン・ボーカルに起用された当時17歳だったサンドラは、美貌かつ小顔で手足が長いモデル体型の美女で、この頃の日本のアイドルにはいないタイプで人気を牽引した。ちなみにサンドラは上記のように結婚しEnigmaとして活躍し、1993年にヒットした『リターン トゥ イノセンス』でボーカルをし、1995年にはマイケル氏の間に双子が誕生し、エニグマの活動は休止した」。(ウィキペデア)
ちなみに「アラベスク」は、モスクの壁面装飾に通常見られるイスラム美術の一様式で、幾何学的文様(しばしば植物や動物の形をもととする)を反復して作られている装飾のことですイスラム世界の多くの人々にとって、これらの文様はまさに無限の(したがって遍在する)、唯一神アラーの創造のありのままを象徴します。
また「エニグマ(enigma)」とは、ドイツ語で謎、あるいは謎めいた人物や物事という意味です。1993年、シャロン・ストーンが主演した「硝子の塔(Sliver)」(フィリップ・ノイス監督)で楽曲を提供しています。
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