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<Voi che sapete>
http://youtube.com/watch?v=sRBSZbm-uRM
かつて棋界において名人と呼ばれる方が、女流棋士にセクハラトラブルを起こしたことがありました。幼い頃から将棋一筋で生きてきて、百数十手先も読むといわれる超アナログ頭脳を駆使するその名人が女性に打って出た一手は超悪手でした。それまで人格者として尊敬していた私は、この出来事によって、むしろ泥臭い人間味を感じたことを覚えています。
さて、音楽界にもそんな人間味を感じさせてくれる指揮者がいたことを今日知りました。純粋なクラシックファンにはどうでもいいことかもしれませんし、当のご本人にとってもなおさらどうでもいいことかも知れませんが、私は彼らによって生み出されたその芸術作品と同じように、その人となりについて大いに関心を持つのです。その指揮者とはオットー・クレンペラー。
「ハンブルクの指揮者時代に、クレンペラーはある女性オペラ歌手と不倫関係となり、その歌手と共演した際、彼の帰宅を待ち伏せしていた不倫に怒った相手の夫(指揮者)からこん棒で打たれ、次のステージに頭に包帯を巻いてピットに現れたところ、客席からはブーイングとヤジが飛び出した。クレンペラーは客席に向かって「俺の音楽が聴きたくないやつは出ていけ!」と怒鳴った」。
「アメリカ時代、ソプラノ歌手の自宅に無理矢理押し入ろうとして、もめごとになった。その後、友人たちの尽力でサナトリウムに入ることになったが、すぐさま逃走し、この一件はニューヨーク・タイムズの一面記事となった(サブタイトルは「クレンペラー逃亡す! 性犯罪に走る危険あり!」)。これら一連のスキャンダルにより、アメリカにおけるクレンペラーの評判は完全に失墜した」。
このハンブルグ時代(1905〜1933)とアメリカ時代(1933〜1947)のオペラ歌手とソプラノ歌手が同一人物か否かはわかりませんが、少なくともその一人であったのがエリザベート・シューマンというディーヴァであったことは間違いなさそうです。この二人のことをあえて、ファム・ファタールとドン・ファンと呼べば、それぞれのファンからは叱責を受けるかもしれませんが、私はこういう人が決して嫌いではありません。
「ファム・ファタール」(Femme fatale);フランス語で「運命の女」。男を破滅させる魔性の女(悪女)。
「ドン‐ファン」(Don Juan);スペインの伝説上の人物。美男の好色漢、愛の遍歴者として多くの文学作品に登場する。モリーナの戯曲「セビリアの色事師と石の客」が原型。モリエールの喜劇、バイロンの長詩、モーツァルトのオペラなどで有名。ドン=ジュアン。ドン=ジョバンニ。
エリザベート・シューマン(Elisabeth Schumann, 1888年6月13日 テューリンゲン - 1952年4月23日 ニューヨーク、1885年誕生説あり)は、「ドイツの著名なソプラノ歌手。オペラやオペレッタから、オラトリオや世俗歌曲まで、幅広いレパートリーを誇り、豊かな録音を後世に遺した。生き生きとした表情や優雅さ、美貌によって愛され、評価された」。
「リヒャルト・シュトラウスやオットー・クレンペラー、ロッテ・レーマン、ブルーノ・ワルター、ヴィルヘルム・フルトヴェングラーなど、往年のドイツ楽壇の錚々たる顔ぶれと親しかった。(クレンペラーの事実上の愛人だったと伝えられる。)」
オットー・クレンペラー(Otto Klemperer, 1885年5月14日-1973年7月6日)は、「ドイツ出身のユダヤ人(後にイスラエル国籍になった)指揮者。20世紀を代表する指揮者の一人とされる。ドイツ・オーストリア圏の古典派・ロマン派から20世紀の音楽まで幅広いレパートリーを持つ」。
「クレンペラーの音楽は晩年の録音で聴くことができるように、アンサンブルや音色、情緒的表現などの表面的な美しさを求めるよりも、遅く厳格なテンポで楽曲の形式感・構築性を強調するスタイルでよく知られているが、1950年代初頭ごろまでの録音には逆に新即物主義的快速テンポによる同様のアプローチが見られる」。
「マーラーはクレンペラーと知り合った時、マーラーの交響曲第2番『復活』をクレンペラーがピアノ版に編曲したスコアを見て感心し、クレンペラーの名刺に推挙の署名をした。当時、マーラーはウィーン宮廷歌劇場(現ウィーン国立歌劇場)の音楽監督であり、国内外での高い知名度を誇る彼の推薦によりキャリアを開始できたことに関して、クレンペラーは後年までマーラーに感謝していたといわれている」。
「マーラーに私淑したクレンペラーにとって彼の作品は重要なレパートリーとなったが、すべての交響曲を演奏することはなく、例えば5番など、一部の作品については批判的な見解を洩らしている。そのためか、以前は録音等でもマーラーの直弟子だったブルーノ・ワルターに比べるとあまり評価されない傾向にあった」。
「また、クレンペラーのマーラー演奏は煩雑な感情表現を厳しく拒否し、あくまでも古典的様式の範疇で解釈しているのが特徴で、濃厚で劇的な音楽を求める向きからはあまり好まれていない。しかしながら、彼の残した演奏は確実に一定の評価を受けている」。(ウィキペディア)
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