「a song for you」の可能性を求めて

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朝比奈隆さんと言うと、クラッシック通、朝比奈ファンならまずは、大阪フィルの設立者であること。次に、日本のブルックナー解釈の第一人者であることを挙げられるでしょう。私はと言えば、これまで朝比奈さんがタクトを振られるオーケストラの演奏をテレビで眺めたことがある程度で、彼の仕事を知る由もありませんでした。

今回改めて朝比奈さんの生涯を辿ってみて、私が興味を持ったのは指揮者になられるまでの経歴でした。京都帝大法学部卒→阪神急行電鉄勤務→京都帝国大・文学部学士卒。変わったキャリアということではソニーの元会長の大賀典雄(1930年1月29日-)さんが思い浮かびますが、藝大からビジネスマンになった大賀さんとは逆の流れというところでしょうか。

朝比奈さんは「一日でも長く生き、一日でも多く舞台に立つ」の信条をそのまま実践した93年の生涯だったと言われます。これは朝比奈さんが師事したロシア人指揮者で「関西音楽界の父」と呼ばれたエマニエル・メッテルから言われた言葉だそうです。このメッテルのことを調べると、服部良一さんも同じく師事していることがわかりました。

〜服部良一が大阪フィルに入った時に自分のパートだけではなく、譜面台にミニスコア(総譜)を置いて練習をしていたのをメッテル先生に認められ、「モットベンキョウシナサイ。」一週間に一度メッテル先生の家に通うようになったのがきっかけということです。同じ時期にかの朝比奈隆さんがメッテル先生のお宅に通っていたという事なので、まさしく服部良一と朝比奈隆さんは「同門下」になります。〜服部音楽出版「胸の振り子」(http://www.r-hatto.com/index.html)、「メッテル先生のこと」〜

今日は、朝比奈さんの生誕100周年にあたる日です。大阪フィルではその100歳の誕生日である今日、朝比奈さんの代名詞ともいえるブルックナーが最後に残した交響曲第9番を現音楽監督大植英次さんの指揮で捧げる記念コンサートが行われます。

会 場:ザ・シンフォニーホール(18:00開場 19:00開演)
指 揮:大植 英次
独 奏:伊藤 恵(ピアノ)
曲 目:モーツァルト/ピアノ協奏曲 第23番 イ長調 K.488、ブルックナー/交響曲 第9番 ニ短調

朝比奈隆(あさひな たかし、1908年7月9日-2001年12月29日)は、「大阪フィルハーモニー交響楽団の音楽総監督を務めた日本の指揮者である。指揮者の朝比奈千足は長男。東京牛込に生まれ、幼少の頃に朝比奈家の養子となり朝比奈姓となる。祖母に、当時は(現在も)高級品であったヴァイオリンを買ってもらったことがきっかけで音楽に興味を示す」。

「(旧制)東京高等学校卒業を経て京都帝国大学(現:京都大学)法学部を卒業(1931年)後、2年間阪神急行電鉄(現:阪急電鉄)に勤務。電車の運転や車掌、百貨店業務などを行う。旧制高校、大学、阪急時代にのちに関西財界を担った多くの人材と知り合う。その後、改めて京都帝国大学に学士入学で入り直し、同大学文学部を卒業した(1937年)」。

「旧制高校時代には友人と弦楽四重奏団を結成したり、1927年2月20日の新交響楽団(現:NHK交響楽団)の第1回定期演奏会を聴いたりもした。法学部在学中には同大学のオーケストラ(京都大学交響楽団)に参加し、ヴィオラとヴァイオリンを担当。やがて指揮をロシア人指揮者エマニエル・メッテルに師事、その他、レオニード・クロイツァーやアレクサンドル・モギレフスキーの影響を受けた。卒業の1937年に、京大オーケストラを指揮して指揮者デビューを飾った。文学部在籍中より大阪音楽学校(現:大阪音楽大学)に勤め、卒業後教授に就任した」。

「1947年4月、大阪放送管弦楽団出身者などを集め、現在の大阪フィルハーモニー交響楽団の母体となる関西交響楽団を結成する。結成にあたり鈴木剛ら関西経済人の尽力があった。同時に、参加団体として関西オペラ協会も設立した。1950年代からはベルリン・フィルハーモニー管弦楽団や北ドイツ放送交響楽団などヨーロッパの主要なオーケストラに招かれるようになった」。

「1960年に関西交響楽団を大阪フィルハーモニー交響楽団に改称(定期演奏会の回数は、改称時に数えなおしている)。同楽団の常任指揮者を経て音楽総監督となり、ヨーロッパ公演を3回、北米公演を1回行い、亡くなるまでその地位にあった。1つのオーケストラのトップ指揮者を54年間務めたことになる」。

「1973年、大阪フィルが東京公演を行った。当時の大阪フィルの評価は前述のように『所詮は大阪の一ローカルオーケストラ』として見られ、朝比奈も『玉砕覚悟で恥をかきに行こう』と、ある種悲壮な決意を持っての公演だったと言われている。この公演で取り上げた曲目の中には、ブルックナーの交響曲第5番も含まれていた。1954年以来しばしばブルックナーを取り上げていた朝比奈であったが、それまでは納得の出来る演奏が出来なかった。しかし、この東京公演で取り上げた第5番は、朝比奈も上出来と思うほど出来栄えが素晴らしく、観客も大喝采を浴びせた」。(ウィキペディア)

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