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<シルビーバルタン"アイドルを探せ"La Plus Belle Pour Aller Danser>
http://jp.youtube.com/watch?v=LBSI2KNiIbQ&feature=related
<Sylvie Vartan - Irresistibilmente (italian version)>〜あなたのとりこ/Un Enfant Soleil〜
http://jp.youtube.com/watch?v=7uiyvfT1HYY
二つの顔を持つ、とは、文字通りの言葉でこの写真の通りです。私が中学生の頃、同級生の一人がシルヴィ・ヴァルタンの大ファンでした。彼女のそのときのヒット曲は「あなたのとりこ」(1970)だったと思います。その後、その同級生は彼女に落胆するようになります。シルヴィ・ヴァルタンが整形したためでした。フレンチロリータの代表だった彼女の顔が、大人の顔立ちに変わってしまったのです。
今改めて、彼女がなぜ整形したのか調べてみて、次のような事情があったことがわかりました。
「通算8作目『La Maritza (邦題:パリの妖精)』。このアルバムの発売された1968年の4月、シルヴィにとって不運な出来事が起きた。交通事故による顔の負傷と、同乗者の死去であった(70年にも交通事故を起こし、整形手術を余儀なくされた)。そんな肉体的、精神的ダメージを乗り越えた復帰作」。
ところで、フレンチロリータ(French lolita)とは、ロリータ的な魅力を武器に活躍したフランスの歌手・女優・アイドルたちのこと。日本人が日常使用する言葉としてはアイドル(和製英語)がイメージ的に近いようです。1955年に発表されたウラジミール・ナボコフの小説「ロリータ」の影響下、16歳のときからファッション誌「エル」(ELLE)の専属モデルとして活躍していたブリジット・バルドー(仏1934.9.28 -)が、1956年の映画「素直な悪女」によって話題となって以来、この言葉は誕生したようです。
またフレンチ・ポップスということばはフランスには存在しないということを今日知りました。1960年代後半から70年代前半にかけて流行したポップスは、いわゆる「イエイエ」(Yé-yé)と称されるそうですね。そういえば、シルヴィ・ヴァルタンが歌ったCMソング「レナウン娘」にこの「イエイエ」という歌詞が出てきますが、このことを意識したものだったのかどうかはわかりません。
シルヴィ・ヴァルタン (Sylvie Vartan, 1944年8月15日 - )は、「ブルガリア出身のフレンチ・ポップスの歌手。ブルガリア西部の村、イスクレッツ生まれ、父はフランス人、母はハンガリー系ユダヤ人。10歳のときに一家でフランス・パリに移住。1961年17歳のとき、シャンソンのデュエット曲で歌手デビュー。1964年、映画『アイドルを探せ』に出演し主題歌を歌い、一躍人気スターとなった。1965年4月12日、歌手の ジョニー・アリデイと結婚。1966年には息子のデビッド・アリデイが生まれるが1980年11月4日に離婚。その後、トニー・スコッティと再婚」。
「代表的な曲として<あなたのとりこ(Irrésistiblement)>、<アイドルを探せ(La plus Belle pour Aller Danser(Du Film "Cherchez L'Idole"))>、<ガス欠(Panne d'essence)>などがある。<アイドルを探せ>は日本では中尾ミエやhitomiなどがカバー。<あなたのとりこ>は、映画『ウォーターボーイズ』の挿入歌などで使われている。日本語の曲には<恋人時代>もあり見事な発音で歌っていることから、CDジャケットには『親日家』と評されている。映画出演は少ない」。
「ウルトラマンに登場するバルタン星人の名称の由来は、初出当時人気歌手だった彼女の名に由来すると言う説があるが、これは当時円谷プロで企画室長を務めていた金城哲夫の勘違いから発生した間違いであるとのこと」。(ウィキペディア)
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シルヴィ・バルタン大好きでした!「アイドルを探せ」が公開された頃、彼女は日本の女の子の憧れの的で皆こぞって彼女の髪型やファッションを真似したものです。私も髪型真似していました(笑)。服もバッグもすべて真似しました。高校生の頃、新宿の厚生年金会館の初来日公演も行きました。とてもキュートでした!その後の交通事故の事もよく覚えています。おっしゃるとおり、あの頃から変わってきましたね。今年、来日した時テレビに出演した時の彼女を見ましたが、未だに若くてきれいですね。彼女が頑張っているのを見ると勇気が湧いてきます。ちなみにフランス。ギャルやフランソワーズ・アルディも好きでした。
2008/8/15(金) 午後 9:10
「1968年の4月、シルヴィにとって不運な出来事が起きた。交通事故による顔の負傷と、同乗者の死去であった(70年にも交通事故を起こし、整形手術を余儀なくされた)」とお書きになってます。しかし、事故を「起こした」のではなく「遭った」が正しいようです。事実は、68年4月は激突されてシルヴィは片腕骨折。70年2月は当時の夫ジョニー運転の車に同乗中にの事故で、この時に「フロントガラスで顔を負傷し傷痕の処置をニューヨークの形成外科の名医から受けた」のです。因みに、上記に掲載されいる下(2枚目)の写真は70年事故後ではなく、前年の1969年のシルヴィです。復帰後は前髪も伸ばし横から分けて深く流しています。事故前の写真を見て・挙げて「顔が違う」「変った」といわれているケースが非常に多ですね、シルヴィ・ヴァルタンは。彼女はパッチリして切れ長の大きな目、高い鼻、彫刻的で面長の整った顔立ちのせいか化粧や髪形、またその時の状況で同時期でも個々に印象が違うアーティストです。現在もそうです。
2010/10/23(土) 午後 0:19 [ andaluz ]
> andaluzさん
そのとおりです。70年の事故後形成手術まで前髪で額の傷を隠していたと言われています。それとイタリアとフランスで化粧の仕方をかえています。その国で好まれる女性をいつも実践していたようです。
2015/5/11(月) 午後 11:42 [ kh ]