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ローリング・ストーンズが来日している。これまで彼らに興味はなかった。ビートルズを知った後では、彼らの音楽に何か物足りなさを感じたのかもしれない。20数年前、会社の上司に「ストーンズの良さは、マリファナとともに聞くとわかる」といわれたが、その「勇気」はなかった。来日を機に、今更ながらではあるが、40年以上現役で活躍する彼らを学ぶこととする。
以下、フリー百科事典から。
ローリング・ストーンズ (The Rolling Stones) は、1963年にレコードデビューしたイギリスのロックバンド。ロックの初期から第一線で活動をし続ける数少ないバンドのひとつである。絶頂期の1970年代には、独自のロックンロールスタイルを確立しながらも、サザンロックやソウル、グラムロック、ダンス、ニューウェーヴ等の要素を盛り込んだ作品が多い。
バンド名はシカゴブルースの巨匠、マディ・ウォーターズの"Rollin' Stone"にちなんで、当時リーダーであったブライアン・ジョーンズが命名。
ブライアン・ジョーンズ(Brian Jones)(1942年-1969年) レコードデビュー時から在籍。1969年脱退。担当:ギター、ハーモニカ(他にダルシマー、マリンバ、シタールなど多くの楽器を演奏。一部の曲でバッキング・ボーカル) ※故人。死因については自殺説と事故説、殺害説がある。
ミック・ジャガー(Mick Jagger)(1943年-) レコードデビュー時から在籍。担当:リードボーカル、ハーモニカ(曲によってギター、キーボードなどを担当することもある)。 ※2003年12月12日、英国においてナイトの称号を授与される。
キース・リチャーズ (Keith Richards)(1943年-) レコードデビュー時から在籍。担当:ギター、バッキング・ボーカル(一部の曲でベースギター、リードボーカルを担当)。
チャーリー・ワッツ(Charlie Watts)(1941年-)レコードデビュー時から在籍。担当:ドラムス。デビュー前からジャズ・ドラマーのキャリアあり。メンバー中唯一離婚歴がない。
ビル・ワイマン(Bill Wyman)(1936年-)レコードデビュー時から在籍。1991年脱退。担当:ベースギター("In Another Land"1曲のみリードボーカル)。 ※ビル・ワイマン脱退後のベースギターはダリル・ジョーンズがサポートメンバーとして担当。
ミック・テイラー(Mick Taylor)(1948年-)1969年、ブライアン・ジョーンズの後任として加入。1974年脱退。担当:ギター。
ロン・ウッド(Ron Wood)(1947年-)1968年から1969年にかけてベーシストとしてジェフ・ベックのアルバムとツアーに参加。その後フェイセズでギターを担当。1975年、ミック・テイラーの後任としてジェフが誘われるが拒否。ジェフは代わりにロンを推薦した。担当:ギター、バッキング・ボーカル(一部の曲でベースギター他)。 ※当初はフェイセズからゲストミュージシャンのような形で参加するが、1975年、フェイセズは解散し、ローリング・ストーンズにそのまま加入。ジャケット写真等にはメンバーとして写っているが、契約書上の正式メンバーになったのは1993年からであり、それまでは月給契約であった。
正式メンバーではないが、キーボードプレイヤーとして、イアン・スチュアート(故人)がいる。彼は、正式デビュー直前に、その風貌からメンバーをはずされたともいわれているが、その腕前から、必要な録音には必ず参加し、後にステージでのサポートメンバーとしても起用されている。
ローリング・ストーンズの音楽的ルーツは、黒人のブルースにある。デビュー曲の「カム・オン」はチャック・ベリーのカバーである。彼らがデビューした1960年代初期、アメリカにおいてはまだまだ黒人に対する差別が根強く、「ブルースのレコードジャケットには、黒人の顔写真を載せてはならない(黒人ミュージシャン本人の顔写真を含む)」という慣習のある州さえ多かった。
こうした時代にイギリス出身の白人のグループでありながら、黒人の音楽であるブルースを心から尊敬し、影響を受け、黒人になりきって歌や演奏に表現しようとしたバンドがローリング・ストーンズである。その結果、現在では黒人ミュージシャンからも敬意を受ける数少ない白人のバンドとなった。
こうした点でローリング・ストーンズは、「白人なのに黒人のようにブルースを歌える」とされたエルビス・プレスリーや、さまざまなジャンルの音楽を取り入れたが、音楽的スタイルに関しては、アングロ・サクソン的な表現方法の枠にとどまったビートルズとは一線を画している(ここで言う「黒人的」あるいは「アングロ・サクソン的」とは、人種や民族の優劣とは全く関わりなく、音楽的フィーリングや表現方法の違いにすぎないことを念のため付記する)。
ローリング・ストーンズの活躍は、黒人音楽にルーツをもつ、他の白人ミュージシャンが1960年代後半から1970年代初頭にかけて、米英などで多数登場するきっかけとなったともいえる。
ローリング・ストーンズは、さまざまな流行の音楽をも取り入れ、一部のメンバーの交替や、さまざまなアクシデントを乗り越えつつ成長し、デビュー40年周年を超えた21世紀に至ってもなお、ブルース(リズム・アンド・ブルース)ルーツのロックンロールという音楽で、第一線で現役を貫き通している。
同じ頃にデビューしたビートルズのこぎれいなイメージとは対照的に、ローリング・ストーンズのメンバーは、衣装をあえて統一せず、一般人の普段着のような服をステージでも着ること、髪をきれいにカットせずに伸ばし放題にすることなど、その後のミュージシャン(とりわけロック)のスタイルに大きく影響を与えたとされる。
1960年代初期、英国の学校では、ビートルズのマッシュルームカットは禁止されていた。しばらくしてローリング・ストーンズがデビューしてからは、マッシュルームカットは容認した学校が多かったが、それでもなお、ローリング・ストーンズを真似た髪型は一切禁止されたという。現在の感覚で当時のローリング・ストーンズの写真を見るとさほど奇抜には感じられないのだが、当時は、彼らのファッションは過激なものと認識されていたのである。
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