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先週末「ギンザ・インターナショナル・ジャズ・フェスティバル」が行われた様子をNHKで垣間見た。フランスのジプシー・スイング・ミュージックを踏襲する「レ・ポム・ドュ・マ・ドューシュ」のパフォーマンスが良かった。が、やはりジャズといえばサックスは欠かせない。出演者イタリアのシモーネ・ラ・マイダ、小林香織のことを知った。
一方でサックス(サクソフォーン)奏者がオーケストラで吹く場面を見たことがない。調べると「Alkinoos」というサイトで次の記述があった。「サックスが使われるようになったのはフランスの軍楽隊が編成に取り入れたのが最初でしょう。そのあとアメリカに渡りジャズにも使われるようになりました。現在でもサックスはジャズと吹奏楽では盛んに使われますね。あと、サックス奏者の『マルセル・ミュール』の存在も大きかったでしょう」。
「何故オーケストラでは使われないのかという話を良く聞きます。一応オーケストラ用サックスも存在したらしいですが、現在オーケストラで演奏される作品はベートーヴェンやモーツァルトetcのかなり昔の作品ですね。彼らが活躍していた時はまだサックスが発明されていなかったのが最大の原因でしょう」。
「有名な作曲家I.ストラヴィンスキーはサックスの音は『イヤらしい』と発言したそうです。その様な人もいたようです。しかし、サックスに注目した作曲家もたくさん存在します。ラヴェル、ビゼー、イベールなど、フランス系の作曲家はとても注目したようです」。なるほど。サックスは比較的新しい楽器なのだとわかった。
また、何故サックスが開発されたのかという疑問にも答えてくれている。一つは「当時の吹奏楽の編成では、木管楽器と金管楽器の音が混ざり合わないという問題があり、それを解消するためにサックス等の楽器を開発した」というもの。
二つ目は「当時の低音楽器は問題があり、木管の低音楽器、コントラバス・クラリネットは細かい動きは出来るが音量がない。金管の低音楽器、テューバ等は音量が出るが細かい動きが出来ない。そこである程度の音量が出せて、なおかつ細かい動きも出来る楽器としてコントラバス・サクソフォンが開発され、そこから他のサックスが発明されていった」というもの。
アドルフ・サックス(Antoine Joseph Adolphe Sax, 1814年11月6日 - 1894年2月4日)は、「ベルギーの楽器製作者であり、サクソフォーン (Saxophone) を発案したことで知られる。ベルギーのディナン生まれ。彼の父親シャルル=ジョセフもまた楽器製作者であり、ホルンの設計に功績を残している。アドルフ自身も早い時期から楽器製作に取り組み、15歳の時には、コンペティションにフルートとクラリネットを出展し、入賞を果たしている」。
「ブリュッセルで楽器製作を学んだ後、本格的に楽器の製作に取り組み始めた。20歳の時には、バスクラリネットの設計で特許を取得した。1841年には永住の地となるパリに移住し、バルブ機構付きの金管楽器の開発で名を知られるようになった。1844年には、後にサクソルンして知られるようになる、キー付きのビューグル(Bugle)を展覧会に出展した」。
「1840年代には、彼の名を最もよく知らしめているサクソフォーンの発明も行なわれている。サクソフォーンのもととなる発明の特許は1838年に取得されていたが、楽器についての特許が取得されたのは1846年のことであり、その頃にはソプラノ・サクソフォーンからバス・サクソフォーンまでの、今日に連なるサクソフォーン一族が開発されていた」。(フリー百科事典)
ちなみに、デルタの万年筆に「アドルフ・サックス リミテッドエディション 1KS」という一品がある。商品説明に次のようなコメントが書かれている。
「ベルギーで楽器製作に携わり、軍の楽隊へ納めていた父の影響を受けたアドルフ・サックスは音楽への情熱を子供の頃より育んでいました。彼はやがて4つの楽器を発明しました。それぞれに自らの名前を冠し、サクスフォルン、サクスチューバ、サクストロンバス、サクスフォンと名付けました」。
「デルタは彼の偉業を称え彼の生まれた1814年にちなんだ限定万年筆を発表しました。IASA(国際アドルフサックス協会─非営利団体─)とのコラボレーションにより実現したこの作品は売上げの一部が若いサックス奏者と国際サクスフォンコンテストの運営などに寄付されています」。
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