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14歳だった私が、二人の友人と一年後にバンドを組むことになるその初期衝動は、ビートルズではなく、1973年9月1日、「あなたに夢中」でレコードデビューしたキャンディーズでした。数個のビーチボールを固定し、その脇にタンバリンを据えた簡易ドラムを叩きながら、三人でこの曲を歌って何度もラジカセに録音したことが思い出されます。
翌年の1974年4月にリリースされた「危い土曜日」(作詞;安井かずみ、作曲;森田公一)はバンド仕立てのパフォーマンスで、この曲を聴いた私たちは、キャンディーズのバックバンドになりたいという妄想にかられ、私がドラム、二人の友人がギターとベースという役割を決め、それにギター担当の友人、芸大を目指していた友人をピアノに向かえ、五人編成の「WHITE」といバンドを組んだのでした。
<キャンディーズ 危い土曜日>
http://www.youtube.com/watch?v=zA7OX-w8iTI(ライブ)
http://www.youtube.com/watch?v=k3LG_rcZz2o(レコード)
バンド結成後、当初の意図は全く置き去りにして、もっぱらビートルズ、チューリップ、ジュリーのコピーに明け暮れました。そもそも、東京から遥かに離れた九州の一地方でキャンディーズのバックバンドを目指すという妄想時代が不毛でしたね。
昨日、そのスーちゃんが亡くなったことを知り、ショックを受けました。私より二つ年上の、早すぎる逝去。妹である夏目雅子さんを27歳で失い、妻を55歳で失うという、プロゴルファー・実業家であるご主人の小達一雄さんの無念は推して知るべしであります。
キャンディーズは、年下である「花の中三トリオ」、「ピンクレディ」と同時代のスーパーアイドルでありますが、その歌唱力とコーラスワークにおいて卓越した存在でありました。1978年の劇的な解散以降、一度も三人が再結成したことはなかったけれども、遠くない将来、一度は現在の三人によるパフォーマンスを夢見ていましたが、その夢もついえてしまいました。
スーちゃんのご冥福を心よりお祈りします。
<キャンディーズ - Wikipedia>
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AD%E3%83%A3%E3%83%B3%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%BC%E3%82%BA
<30年前のノスタルジー、キャンディーズの解散>
http://blogs.yahoo.co.jp/asongotoh/52623871.html
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