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1971年中学1年生の頃。テレビを見ていたら、ステレオのCMで四人の外国人の静止画と音楽が流れ、度肝を抜かれました。それが、私のビッグ・スペシャル。私とビートルズの出会いでした。
そう思っていたのですが、今日改めてチェックしてみると、そのCMは東芝のオーレックス・ステレオのもので、映画『レット・イット・ビー』の映像が使われたそうですから静止画ではなかったようです。記憶は曖昧ですね。
中学ではビートルズを音楽の師とし、曲作りを始めました。高校生になってバンドも結成しました。バンド名はビートルズにあやかって「WHITE」としました。ほとんどビートルズとチューリップのカバーばかりをやっていました。
1976年。バンドを解散した頃、同じ高校で他のバンドをやっていた仲間を集め、オリジナルアルバムを作りました。アルバムと言っても、カセットテープですが、12曲を収録しました。アルバムタイトルは、1973年のジョン・レノンの「マインド・ゲームス」にあやかって「夢の国」としました。
それから私のアマチュア音楽活動は終わりましたが、30年後の2004年に、思い立って自主制作のオリジナルアルバムを作りました。1996年に初めてニューヨークを訪れ、ダコタハウスで手を合わせたときから、私の中でくすぶっていた思いを、12曲にまとめました。アルバムタイトルは「A South Wind」。
私が当時仕事で関わっていた鹿児島、宮崎、沖縄と地元熊本の歌がうまい男女二組にソロとデュエットの三曲を歌ってもらいました。このときはタイトルにビートルズからインスピレーションは得ませんでしたが、あえて言えば、ジョージ・ハリスンの「Far East Man」へのアンサーソングになっていると思えます。
そして、それから8年後になる来年、またオリジナルアルバムを作ろうと思っています。ジョン・レノンの享年をとうに超えましたが、ジョージ・ハリソンの享年にはまだ少し時間があります。ジョンの「マインド・ゲームス」に触発された音楽魂に灯をともしてチャレンジしてみたいと思っています。
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