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'70年代ロック

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昨日、DVDで「20世紀少年 第1章 終わりの始まり」を観ました。1999年から2006年まで週刊ビッグコミックスピリッツで連載された原作のことは全く知らず、話題作だったからという理由で内容もわからないまま、とりあえず観てみようと思って手に取った本作。観はじめてから一気にその世界に吸い込まれてしまいました。そして、観終わったとき、これぞ日本SF映画の真骨頂だと実感しました。

劇中に登場する大阪万博やアポロ11号の人類初の月面着陸、少年サンデーや平凡パンチ、ボブ・ディランやグループサウンズなどなど。主人公ケンヂこと遠藤健児の生年は1959年8月20日と設定されています。アラフォー世代ならぬ50代、まさに、アラフィー、アラフィフ世代の少年時代のクロニクルに刻まれたレガシーたちのオンパレードです。

畳の居間で食卓を囲む家族、肉体労働者たちの憩いの定食屋、アナログチックな巨大なロボット。ハリウッド的SFの近未来都市映像ではない、全く日常の中から生まれ出てくる、陳腐と言ってしまえばまさにその通りの仕掛けに、「本格科学冒険映画」のキャッチフレーズが見事にはまります。これぞ日本のSFのリテラシー。今の若い人たちに本作がどう映るかはわかりませんが、私は絶賛したいと思います。

さて、本作の主題歌となっているT・レックス「20th Century Boy」は、1973年にリリースされたシングル。今回調べてわかったのですが、この曲は当時の日本盤の発売元、東芝EMIのスタジオでレコーディングされたものだったんですね。ビートルズではなく、T・レックス。マーク・ボランが1967〜1977年まで率いた、これぞ我らアラフィー世代のロックを象徴するバンドです。

<20th Century Boy - youtube>
http://www.youtube.com/watch?v=Ylww2dOW7fg

ブライアン・ジョーンズ(1942年2月28日 - 1969年7月3日)
ジミ・ヘンドリックス(1942年11月27日 - 1970年9月18日)
ジャニス・ジョプリン(1943年1月19日 - 1970年10月4日)
ジム・モリソン(1943年12月8日 - 1971年7月3日)

唐沢寿明さん扮するケンヂこと遠藤健児が「ともだち」との決戦を期すとき、名前を挙げた60年代を代表するロッカーたち。皆、奇しくも27歳で亡くなったロッカー。さらに、20年の時を越えて、彼らにカート・コバーン(1967年2月20日 - 1994年4月5日)が加わりました。20th Century Boyを唄ったマーク・ボラン(1947年9月30日 - 1977年9月16日)は30歳でこの世を去りました。

アラフィー世代の原作者の浦沢直樹さん、監督の堤幸彦さんのコラボが生み出した「20世紀少年」は、彼らへの挽歌であり、彼らよりも四半世紀近くも長く生きた元ロック少年たちへの応援歌としても受け取れるのであります。

<T・レックス - Wikipedia>「20th Century Boy」
http://ja.wikipedia.org/wiki/T%E3%83%BB%E3%83%AC%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9

<ビートルズが後継者と賞賛したグラム・ロックの旗手「T.REX」とマーク・ボラン>
http://blogs.yahoo.co.jp/asongotoh/49393648.html

<20世紀少年 - Wikipedia>
http://ja.wikipedia.org/wiki/20%E4%B8%96%E7%B4%80%E5%B0%91%E5%B9%B4

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<Michael Schenker - POSITIVE FORWARD>
http://jp.youtube.com/watch?v=k2qJP_x2Spw

<UFO [ ROCK BOTTOM ] [I] LIVE,1975.>
http://jp.youtube.com/watch?v=1qP_OqOJ8ug&feature=related

昨日、「王者」イングヴェイ・マルムスティーンを取り上げたので、今日は「神」と呼ばれるギタリスト、マイケル・シェンカーを。と言っても、イングヴェイと同様にマイケル・シェンカーについても今日知ったのですから、私の中に語るべきものはありません。速弾き奏者として、イングヴェイはスウェーデン、マイケルがドイツと英米以外の国から登場するのは、なんとなくわかるような気がします。

そんな訳で、スコーピオンズ、UFOも聴いたことがなく、また今更ヘヴィメタを聞き込むというのも辛いものがあり、マイケル・シェンカーという稀有なギタリストがいることを書き留めるだけにしておきたいと思います。


マイケル・シェンカー(ミヒャエル・シェンカー、Michael Schenker、1955年1月10日 - )は、「ドイツ出身のハードロック/ヘヴィメタルのギタリスト。ギブソン社のギター『フライングV』を使用していることが有名。ドイツのバンド、スコーピオンズに結成時より参加。まもなく英国のバンドUFOに加入。数々の名演を残す。脱退後は自らのバンド、マイケル・シェンカー・グループを結成。ロック・ギターの名手として一時代を築いた」。

「スコーピオンズのリーダー、ルドルフ・シェンカーはマイケルの実兄。兄・ルドルフと結成したスコーピオンズではリード・ギターとしてデビューアルバムにも参加している。1972年、スコーピオンズはドイツ・ツアー中のUFOの前座を務めることになったが、UFOのギタリスト、ミック・ボルトン(バーニー・マースデンとの説もあり)が突如失踪」。

「困ったUFOは前座バンドからマイケルを借りることでなんとかステージを終える(当時のUFOはスタンダード・ナンバーの他は、即興演奏が殆どを占めるバンドであったために、こういったことも可能だったのだろう)。その後ギタリスト探しは難航し、マイケルを英国に呼ぶことになるが、英語ができない上に内気な性格だったマイケルは最後まで難渋したらしい。もちろんと言うべきか何というか、最後に決断させたのは兄・ルドルフの励ましだったという。当時、わずか17歳。なお、当時のガールフレンドが英語の通訳をしてくれた」。(ウィキペディア)

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<シーナ & ロケッツ = ユー・メイ・ドリーム>
http://www.youtube.com/watch?v=0Qn54JgZEhQ

1970年初頭、福岡では歴史的な音楽ムーブメントが起こっていました。1970年11月に開店したライブ喫茶「照和」がそのメッカとなりました。後にそれは「日本のリバプール」と呼ばれるようになりました。この「照和」が輩出したミュージシャンは、チューリップ、井上陽水(アンドレカンドレ)、甲斐バンド、海援隊、シーナ&ザ・ロケッツ、THE MODS、石橋凌(A.R.B.)、長渕剛、永井龍雲、陣内孝則(ザ・ロッカーズ)など。

このライブ喫茶で活躍した男臭い連中は、財津和夫さん(1948年2月19日生まれ)、井上陽水さん(1948年8月30日生まれ)、武田鉄矢さん(1949年4月11日-)とほぼ同世代。更に今日取り上げる鮎川誠さん。彼の半生を知ると、優等生がロックに傾倒しそのまま音楽に人生を委ねる、いかにも当時のロック少年の典型を見ることができます。鮎川さんのような、少年のときめきをそのまま追い続ける男たちは、ロック職人の域に達しているんですね。


鮎川 誠(1948年5月2日-)は、「日本のギタリスト、作曲家。ロックバンド『シーナ&ザ・ロケッツ』のリーダー。1970年代、福岡市を中心に勃興した、いわゆるめんたいロックの草分けの一人である。福岡県久留米市出身。父はアメリカ軍の軍人だが、顔を見たことはない」。

「小学校5年生の時、誕生日のプレゼントとして母からガットギターを贈られ、『シューベルトの子守唄』や『トム・ドゥーリー』を練習。小学校高学年の頃、久留米の『小川レコード店』の試聴コーナーに入りびたり、レイ・チャールズのWhat'd I sayを、続けて『ベスト・オブ・レイ・チャールズ』を買う。さらにエルヴィス・プレスリーの『監獄ロック』『ハウンド・ドッグ』『冷たくしないで』などシングル盤を買う」。

「中学時代はロックの他、野球、バイク、プラモデル、山歩き、魚釣りなどに熱中。中学2年生の時、リトル・リチャードに夢中になる。1964年1月頃、中学3年の時、隣席の生徒が弁当を包んできた新聞を見てビートルズの名前を知る。高校受験勉強中のFENでビートルズの音楽に接し、1964年、久留米の名門・福岡県立明善高等学校に入学。同年、ローリングストーンズを知る」。

「高校在学中に友人からマディ・ウォーターズなどブルースのレコードを借りて聴いた事や、KBCラジオの当時の人気番組『ヤング・ポップス』の影響で洋楽に興味を持つ。高校時代は、部室にレコードプレイヤーがあるというだけの理由で新聞部に在籍。部室に友人のギターやアンプを持ち込んで『ジェニ・ジェニ』『ルシール』『カンサス・シティ』などを練習していた。1965年冬、修学旅行に行く代わりに、その費用を払い戻させて、友人からエレクトリックギター(テスコのセミアコ)を4500円で購入」。

「1966年、ビートルズ武道館公演に刺激されてアマチュアバンド『ザ・スランパーズ』で活動を始め、ローリングストーンズやビートルズ、ヤードバーズをコピー、久留米で一度だけライブを開く。親の反対にあったが、九州大学への進学を条件に許され、現役で九州大学経済学部を受験するもロックに熱中しすぎたために失敗」。

「大学入学後のバンド活動を目的に福岡市の水城学園予備校で1年間必死に勉強し、1968年九州大学農学部に入学。同時期、浪人時代に知遇を得たバンド「ジ・アタック」に加入。家庭が貧しかったため、奨学金を貰って大学に通いつつ、福岡市内のダンスホールでハコバン(専属バンド)生活を送る」。

「この当時は、主にフォートップスやテンプテーションズなどのモータウンナンバーや、ウィルソン・ピケット、ソロモン・バーク、オーティス・レディング、ジェームス・ブラウン、ブッカーT&ジMGズなどのスタックスナンバーを演奏していた。1970年、ジ・アタックのギタリストだった篠山哲雄や、バンド活動を通して知り合った柴山俊之らとサンハウスを結成。1974年にメジャーデビューを果たし、リードギタリスト兼作曲家として、ボーカル兼ソングライターの『菊』こと柴山とともにバンドの顔となった。1978年の解散後、妻のシーナと共にシーナ&ザ・ロケッツ結成。今日に至る」。(ウィキペディア)

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<寺内ヘンドリックス〜成毛滋>
http://www.youtube.com/watch?v=PV6Ou1cbGtk

成毛滋という有名なギタリストがいたことは知っていました。しかし、彼がどういう経歴の持ち主であったかを知ることはありませんでした。今日は彼の一周忌。亡くなっていたことも知りませんでした。ウィキペディアで彼の記事を読むと、その日本のロック黎明期における存在感を示すエピソードには枚挙にいとまがありませんでした。慎んでご冥福を祈ります。

その成毛さんのギターに対するこだわりは非常に強かったようで彼の提唱するギターは、まず「安価であること。ただし、性能は高くなければならない。日本人は外国人と比較して手のサイズが小さい。よってナローネック(ナット幅が狭い)、スリムネック(ネックの厚みが薄い)、ミディアムスケールを採用すべき」というものだそうです。また、彼は「高くて良いのは当たり前、安くて良いのが素晴らしい」と言う発言を残しているとそうです。

この辺の成毛さんのポリシーが上述のyoutubeで語られています。成毛滋さんの華麗な人脈と前半生の一部を引用しておきます。

「1947年に東京都に生まれる。実家が進駐軍と深い関わりを持っており、進駐軍の女性と暮らしていた。そのため、幼少のころより蓄音機でアメリカのレコードを聴いて育った。当初は映画製作の道を志望していて、慶應義塾普通部(中学)の時には後にフィンガーズのメンバーとなる朝吹誠(元衆議院議長・石井光次郎の孫)、齋藤茂一(詩人・斎藤茂吉の孫)や高橋信之たちと8ミリ映画を撮っていたりもしていた」。

「慶應義塾高校一年の時に『The cool boys』と言う同じ校内の仲間たちのロカビリーバンドに、脱退したギタリストの後釜として加入。当時彼はカントリーを弾いており、ロカビリーには興味を持っていなかったが、そのバンドの多才さにあこがれたのだと言う。ちなみに、このバンドにはドラマーの高橋幸宏の兄である高橋信之も在籍していた」。

「ドンというニックネームだった信之の兄は当時慶大生で同級生に山陽特殊製鋼(『華麗なる一族』のモデルの一つ)の御曹司荻野氏など1960年代前半頻繁に遊びで渡米できた大学生達がいて彼らが買ってきた最新ヒットレコードを聞きながら成毛達は腕を上げていった。この頃、高橋の家で練習している時に幸宏はメンバーの朝吹誠から手ほどきを受けドラムを叩くようになった。この頃までアコースティックギターを弾いていた成毛だったが、この時期に見た映画でシャドウズに出会い、エレクトリックギターに転向している」。

「『The cool boys』はバンド名を『The savage』と改め、さらに寺内タケシが率い、内田裕也らが在籍していた『ブルージーンズ』からもじって『ブルー・サウンズ』と改名した。『The savage』時代には自主制作盤を制作している」。

成毛 滋(なるも しげる、1947年1月29日 - 2007年3月29日)は「日本のギタリスト、キーボーディスト。東京都出身。1960年代後半から1970年代を中心として国内のロックシーンで活躍。ブリジストン創業者である石橋正二郎の孫で、妹は漫画家の成毛厚子。2007年3月29日、大腸がんのため死去。享年60」。

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