「a song for you」の可能性を求めて

大切な誰かのために、自分の思いを音楽にしてプレゼント

THE BEATLES

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

ガイドライン違反のため、Yahoo! JAPANによって記事が削除されました。

ガイドライン違反のため、Yahoo! JAPANによって記事が削除されました。

イメージ 1

1969年に発表された、ジョージの名曲中の名曲。ジョン・レノンの「カム・トゥゲザー」と両A面扱いでシングル・カットされ、ビートルズ時代の公式発表曲の中で唯一シングルのA面となった曲。しかも、ビートルズでは「イエスタデイ」に次いで世界でカヴァーされた曲だといいます。私もジョージの曲の中では、飛びぬけて完成度の高い作品だと思います。

この曲が作られたのは1968年。1969年発表された「アビイ・ロード(Abbey Road)」に収録されていますが、「ホワイト・アルバム/THE BEATLES」のレコーディングの合間に空いているスタジオのピアノを使って書かれたそうです。KAWADE夢ムックの「ジョージ・ハリスン」の中で、鳥居一希さんが次のように解説しています。

「『ピッギーズ』のセッション中にアシスタントのクリス・トーマスに聴かせたら好評だったので、『じゃあ、ジョッキー・ブラウンにあげようかな』と言ったらしい。結局、ジョー・コッカーに上げってしまったのだけれど、さすがに自分でもいい曲だと思っていたのか、『アビイ・ロード』でセルフカバー(コッカーのほうが録音時期が早いのでそういうことになる)。」

*「ピッギーズ(Piggies)」は同アルバムに収録されたジョージの曲。クリス・トーマスがハープシコードを演奏しています。

更に、このときに「静かなるビートル(Quiet Beatle)」のジョージは、自立の狼煙を上げるかのようにジェーン・バーキン主演の映画「Wonderwall」のオリジナルサウンドトラック盤、「不思議の壁/Wonderwall Music」をリリースします。この映画は、自宅の壁の穴から隣の部屋の女を覗くことに熱中する老博士の姿を描いたものだそうです。

「ワンダーウォール」(1968年)
監督:ジョー・マソット
音楽:ジョージ・ハリスン
出演:ジェーン・バーキン, ジャック・マッゴーラン, アイリーン・ハンドル

同じくKAWADE夢ムックに掲載されている吉野由樹氏のコラムによると次のような次のような経緯があったようです。

「ビートルズと親しかったザ・フールというデザイナー・チームのメンバーが、アップル・ブティックのオープニング・パーティでジョージにジョー・マソット監督を紹介したことだった。ザ・フールは劇中のサイケな絵を描き、バーキンの衣装もデザインしていた。ジョージはマソット監督から『好きなように音楽をつけてくれていい』と言われて興味を覚え、さっそく映画のラフ・カットを観ながらタイミングをはかり、スタジオに帰ってそれぞれのシーンにあう曲を作っていったという」。

ジョージが58歳で亡くなってもう今日で、6年。遺体が荼毘に付された後、ガンジス川に散骨されたことはあまり知られていないでしょう。40歳で亡くなったジョン・レノンの年齢以上に私は無為に生きてしまいましたが、ジョージの享年までには、しっかりこれだけはやったと言えるものを創りたいと思います。

イメージ 1

先程FMで「スターズ・オン・45」の「ショッキング・ビートルズ」が流れていました。これまでも何度も聞いていますが、彼らのことをほとんど知らなかったのでチェックしてみると次のようなことでした。

「80年代前半に活動した、人気アーティストのメドレーを試みるオランダの音楽プロジェクト。メドレーといってもオリジナルをミックスするわけではなく、ターゲットの作品を、そっくりの声質とまんまのサウンドでコピーし、それらを続けるという手法を用いて、デビュー曲歌『ショッキング・ビートルズ』は世界に衝撃を与えた。他にも、アバ?、スティーヴィー・ワンダー、カーペンターズなど、多彩な人気シンガーをコピーしまくっている」。(はてなダイアリー)

ビートルズのコピーバンドが世界でどのくらいあるのかわかりませんが、おそらく日本はその数でも上位に入るでしょうね。3/24付けの記事でも「THE SILVER BEATS」を取り上げましたが、日本での元祖はなんと言っても、「バッド・ボーイズ」です。なんと彼らのことを紹介しているHPがありました。(http://www8.big.or.jp/~hsato/badboys/Story1.html

「元来バッド・ボーイズはビートルズ一本で活動している訳ではなかったのですが、このような背景で川端孝博(ジョージ)・城間正博(リンゴ)が加入した後はビートルズコピーが本格化していき、関西で知名度が高まります。そして、1973年5月に東京へ進出し、活動の活発化と共に徐々に注目され始め、同年10月遂にレコードデビューを果たしました」。

この「バッド・ボーズ」のライブを私は高校生の頃に見ています。1975年のこと。一緒に来たのが当時、「二人の夏」という曲でヒットを飛ばしていた浜田省吾さん率いる「愛奴」でした。当時は「愛奴」の人気に押され、「バッド・ボーイズ」はブーイングをあげられていましたが、私は彼らの演奏に感動したことを覚えています。メンバーは、「ポール・清水仁、リンゴ・城間正博、ジョージ・川端孝博、ジョン・廣田龍人」。ベースの清水さんは、その後「オフコース」に参加することになります。

そして、ビートルズのトリビュート・バンドとして世界的に名を馳せたのが「BEATLEMANIA」。彼らは唄っている顔が似ている、声が似ている、おまけに初期から後期まで7回も衣装を変えて演奏するのだから、彼らに匹敵できるコピーバンドは存在しえませんね。私も一時期ちょっとだけビートルズのコピーに精を出した時期がありますが、彼らのビデオを見た瞬間、あっさり諦めました。

彼らに関しては次のサイトで見ることができます。(http://www.beatlemanianow.com/home.htm)
(http://beatlemaniaalumni.com/TRIBUTE_BANDS.htm)

イメージ 1

あの幼かったショーンが、こんなに、まるで父親のような風貌に、成長したのかと感慨深い写真です。ショーンも今日で34歳。後述にあるように、父・ジョン・レノンと同じ日に生まれています。母・オノ・ヨーコが意図的に誕生日を合わせるようにしたとありますが、真偽の程は別にして、このことがショーンにとって幸せなことかどうかは分かりません。

父親は父親。偉大な父を持つ子供の気持ちはいかばかりか?ジュリアンの歌を聞いても、ショーンの歌を聞いても、そこにDNAのなせる自然な形でジョンの面影を見てしまいます。しかし、ファンも本人も、彼がジョンでないことはわかっています。ファンはいつしかそこに物足りなさを感じ、本人はその面影から抜け出ようとしても、簡単には離れてはくれません。

父親と同じ業界に進み、その父を超えた子供は少なくありません。しかし「偉大な」父親を同じ仕事で超えた人を知りません。子供の進む道としてごく自然に思える道は、現実ではかなり険しい道です。そこには政治家のような遺伝子の通用しない、当事者の実力が問われる世界です。その意味で、ショーンがこれまでアルバムを2枚しか作っていない理由が見出せるような気がします。

ショーン・レノン(Sean Taro Ono Lennon - ショーン・タロー・オノ・レノン、1975年10月9日-)は、「アメリカ・ニューヨーク出身の、音楽家・ミュージシャン。父は元ビートルズのジョン・レノン、母は前衛芸術家のオノ・ヨーコ。チボ・マットのサポート・メンバーとして1990年代後半に活動し、2006年までにソロ・アルバムを2枚、ミニ・アルバムを1枚発売している」。

「ジョン・レノン、オノ・ヨーコ夫妻の結婚6年目にして初めて誕生した息子。誕生日は父親と同じ10月9日であり、意図的に合わせるようにしたといわれる。名付け親はエルトン・ジョンで、ジョン・レノンの民族的ルーツであるアイルランドでの『ジョン』に相当する最もポピュラーな男子名ということで、『ショーン』を提案したという。ミドルネームの『タロー』は後に付けられた名で、本人が父親のように日本人のようなミドルネームが欲しい…とヨーコに頼み命名された」。

「1998年にはビースティ・ボーイズが主宰していたグランド・ロイヤル・レコードから初のソロ・アルバム『イントゥ・ザ・サン』を発表(プロデューサーはチボ・マットの本田ゆか)。これといったヒットにこそならなかったものの、評論家の間では概ね好評を博した。同年に本田らチボ・マットのメンバーを従えた来日公演も行う。翌年には日本限定で東芝EMIより同作からのバージョン違いやリミックス、アウトテイクなどを集めたミニアルバム『ハーフ・ホース、ハーフ・ミュージシャン』が発売された」。

「2001年にグランド・ロイヤルが閉鎖した後はキャピトル・レコードと新たに契約を交わしている。その後の活動は再び他アーティストの作品のゲスト参加が主となり、自身のソロ作品は長い間発表されなかったが、ようやく2006年9月26日にアメリカで2作目のソロ・アルバム『フレンドリー・ファイア』が8年ぶりにリリースされる」。

「2005年には、村上龍の同名小説が原作の映画『コインロッカー・ベイビーズ』に、浅野忠信らとともに出演する予定であることが日本のスポーツ紙に報道された。2006年には、2枚目のフルアルバム『フレンドリー・ファイア』をキャピトル・レコードよりリリースし、1枚目よりおとなしめの曲調が多い作品となった。2007年11月23日〜30日には、来日公演(東京・大阪・福岡)を行う。演奏曲目は『フレンドリー・ファイア』収録曲がメインとなると思われる」。(ウィキペディアより抜粋)

*「コインロッカー・ベイビーズ」は2008年、いよいよMichele Civetta監督の米国作品として公開されるようです。


.
aso**otoh
aso**otoh
男性 / A型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

最新の画像つき記事一覧

Yahoo!からのお知らせ

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト≪さとふる≫
実質2000円で好きなお礼品を選べる
毎日人気ランキング更新中!
数量限定!イオンおまとめ企画
「無料お試しクーポン」か
「値引きクーポン」が必ず当たる!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事