「a song for you」の可能性を求めて

大切な誰かのために、自分の思いを音楽にしてプレゼント

音楽の風物詩

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

イメージ 1

今年はミュージシャンの訃報が相次いでいます。忌野清志郎さん(58)、マイケル・ジャクソンさん(50)、そして先日、ミッシェル・ガン・エレファントのアベフトシさん(42)の訃報が報じられたばかりです。そして昨日報じられた、このブログでも闘病生活を取り上げた川村カオリさんの死。まだ38歳という若さでしたね。

今年の3月に彼女のことを取り上げた記事を書きました。その冒頭で、がんによって亡くなる人のことを書いてしまいました。川村さんのことは、「乳ガンと闘っている母であり、ミュージシャン」としてエールを贈ったつもりでしたが、不躾な物言いだったかもしれません。

1998年にお母様を乳がんで亡くし、2004年に自身の乳がんが発覚。以来、5年間の闘病。彼女の無念を推し量ることなどできませんが、「泣かないで 泣かないで」と唄う、彼女の最後のシングルとなった次の曲を聴きながら、ご冥福をお祈りします。



<バタフライ 〜あの晴れた空の向こうへ〜 / 川村カオリ>
http://www.youtube.com/watch?v=Ga5pahWxUxU

<MUSICO | 川村カオリ - バタフライ ~あの晴れた空の向こうへ>(歌詞)
http://musico.jp/contents/words.aspx?id=r90AVT



<乳ガンと闘う川村カオリ:38歳誕生日にライブ>
http://www.youtube.com/watch?v=7ER9ywswuS0&feature=related


関連記事:
<「愛をください」、川村カオリの闘いと絶唱>
http://blogs.yahoo.co.jp/asongotoh/57062397.html

<川村カオリさん>38歳で死去 乳がん再発で力尽きる 事務所コメント全文
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090728-00000036-maiall-ent

イメージ 1

イメージ 2

南九州は梅雨明けしたというのに、ここ中九州ではいまだ梅雨前線の真っ只中。じめじめとした蒸すような暑さが続いています。そんな訳で、夏を先取りした皆さんと、夏を待つ梅雨前線下の皆さんに暑中見舞いを。

師走にどんなに「クリスマスイブ」が毎年のように流れようと、たとえその容姿が夏らしからずとも、山下達郎というミュージシャンの真髄は、夏と海にあります。唐突ですが、今日はそんな山下達郎さんの全盛期(失礼)の1980年代に書かれた珠玉の名曲たちを添付します。


<潮騒 山下達郎>(1979)
http://www.youtube.com/watch?v=qw1sOg6WdJ0&feature=related

<Tatsuro Yamashita - Ride On Time - 山下達郎 -ライド・オン・タイム>(1980)
http://www.youtube.com/watch?v=MR5FvwcIY8M&feature=related

<YOUR EYES 山下達郎>(1982)
http://www.youtube.com/watch?v=rRRjMbY6kl8&feature=related

<Tatsu・Y / SPARKLE>(1982)
http://www.youtube.com/watch?v=V8CXvDbzZsY&feature=fvw

<Tatsu・Y / LOVELAND, ISLAND>(1982)
http://www.youtube.com/watch?v=1aFA8qVHp8g&feature=related

<FUTARI Tatsuro Yamasita 山下達郎 吉田美奈子>(1982)
http://www.youtube.com/watch?v=6gOF0_nHjrU&feature=related

<山下達郎 高気圧ガール>(1983)
http://www.youtube.com/watch?v=dapJbgpHbvc&feature=related

<BIG WAVE - SPECIAL VIDEO CLIP>(1984)
http://www.youtube.com/watch?v=8uyLfzKNGKc&feature=related

<Summer Vacation - 山下達郎&竹内まりや>(1984)
http://www.youtube.com/watch?v=-9JWhbURLqM&feature=related

<さよなら夏の日>(1991)
http://www.youtube.com/watch?v=4zksu32RdHA&feature=related


<山下達郎 - Wikipedia>
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B1%B1%E4%B8%8B%E9%81%94%E9%83%8E

<山下達郎>
http://www.smile-co.jp/tats/

イメージ 1

イメージ 2

先月下旬、財政破綻した夕張市を夫婦円満のマチとしてPRするキャラクター「夕張夫妻」が、世界三大広告賞の一つ、フランスのカンヌ国際広告祭のプロモーション部門で、世界各国の応募作1118点の中から選ばれ最高賞のグランプリを獲得した、とが報じられましたね。

<PRキャラ「夕張夫妻」がカンヌ国際広告祭最高賞北海道新聞>
http://www.hokkaido-np.co.jp/news/donai/173307.html

この報道で世界には三大広告賞があって、その一つがカンヌ映画祭と歴史をともにする広告祭があることを知りました。まずはそのグランプリ作、「パッパヤ パパパヤ 負の遺産」と明るく唄う、その「夕張夫妻」の映像をコチラから。

<夕張夫妻「愛の始発駅」PV>
http://www.youtube.com/watch?v=E-_ETYBCppw

<夕張夫妻>
http://yubarifusai.jp/

夕張市が再生を目指して立ち上げたのが「夕張夫妻プロジェクト」だというのが凄いですね。なんでも、全国一離婚の少ない夕張を「夫婦円満のまち」として売り出すのが狙いで、夕張市役所内には「夫婦円満課」が設置され、全国から夫婦で訪れた観光客などに「夫婦円満証」を発行するサービスが始まっているそうです。この「夕張夫妻」を企画・立案したのは、電通が株主でもある外資系広告会社ビーコン・コミュニケーションズ(東京)だそうですが、まずは広告戦略としては大成功ですね。


そして、この演歌調のPRソングを唄っているのが、現役オペラ歌手の夫婦漫才師、ゆみこさんとみちおさんのコンビ「島田夫妻」なんだそうです。ネットで検索すると「島田夫妻の良妻悪妻ブログ」があり、次のように書かれていました。少し引用します。

〜夕張父さん(夕張倒産)と夕張母さん(赤字で真っ赤〜さん)。つまり“負債”の「夫妻」・・・です。夕張で生まれて夕張で育ったキャラクラー夫婦です。CDの歌詞にもありますが、ご夫妻のお友達はみんな夕張から出て行ってしまい、街の人口は減っていくばかり・・・当然市民税も上がり、街がどんどん貧しくなってしまいます。 夕張父さんと夕張母さんも、つぎはぎだらけの服を着て、リヤカーを引いて夜逃げを考えるも・・・やはり二人三脚しながら、夕張で二人で頑張っています!!

藤倉市長にお会いした時、「夕張夫妻にもこどもが生まれて、再建太郎なんてのができるといいね〜」と、とてもポジティブなお話を笑顔でおしゃってました!負を笑い飛ばして、福を呼び込む!!そんな愛のエネルギー、いいですね!〜

<島田夫妻の良妻悪妻ブログ: 島田夫妻じゃなくて"夕張夫妻>
http://blog.watanabepro.co.jp/shimadafusai/archives/2007/11/post_68.html

島田夫妻が唄う「愛の始発駅」の楽曲は作詞・三寺雅人、作曲・有馬研吾となっています。お二人のついては、三寺さんがビーコン・コミュニケーションズのクリエーティブディレクターで、有馬が所属はわかりませんがCMディレクターのようです。予算がかけられないから、自分たちでやるしかない、と言っているような彼らのクリエイティブ魂がいいじゃありませんか。


<島田夫妻 - Wikipedia>
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B3%B6%E7%94%B0%E5%A4%AB%E5%A6%BB


ちなみに、同市の応援歌としては、今村勝彦(ブルース今村)による「夕張慕情」という曲もありました。

<夕張応援プロジェクト?歌で応援。>
http://bruceimamura.at.webry.info/200701/article_34.html


「夕張夫妻」のキャラクターを描いたのは藤井次郎さんとういう方のようです。詳細はわかりませんでしたが、神奈川出身で九州造形短期大学を卒業されたイラストレーターのようですが、現在四コマ漫画も描いておられるようです。

<青年大志 - 藤井次郎 挑戦者 - 週刊デイリー4コマY-1グランプリ>
http://4koma.livedoor.com/y1/work/coptotermes/vol85.html


夕張市の復活、九州より願っております。

イメージ 1

「広く国民に敬愛され、社会に明るい希望を与えることに顕著な業績があった方に対して、その栄誉を讃えることを目的とする」として創設された国民栄誉賞に、現在に至るまで選ばれていない、その資格を十分持っていると私が思う方に、高倉健さん、長嶋茂雄さん、そして今日取り上げる石原裕次郎さんがいます。彼らはいずれも昭和一桁世代であり、日本の高度成長期に咲いた時代の寵児でありました。

高倉健(1931年2月16日 - )
石原裕次郎(1934年12月28日 - 1987年7月17日)
長嶋茂雄(1936年2月20日 - )

石原裕次郎さんは、私の世代ではすでに往年の銀幕のスターというよりテレビドラマ「太陽に吠えろ」のボスであった訳で、彼の歌手としてのキャリアも、時折懐メロの音楽番組に登場して歌も唄うスターとしての認識でした。明日、裕次郎さんの23回忌法要が行われるということで、改めて彼が時代に放ったヒット曲をチェックしてみると、歌手・石原裕次郎の功績も実に偉大であったことを知るのです。

<シングル売り上げ代表20曲>
・1956年 狂った果実 -73万枚
・1957年 俺は待ってるぜ -195万枚
・1957年 錆びたナイフ -184万枚
・1958年 嵐を呼ぶ男 -63万枚
・1961年 銀座の恋の物語 -335万枚(牧村旬子とのデュエット)
・1962年 赤いハンカチ -275万枚
・1963年 夕陽の丘 -143万枚
・1964年 俺はお前に弱いんだ -175万枚
・1965年 二人の世界 -285万枚
・1966年 夜霧の慕情 -163万枚
・1967年 夜霧よ今夜も有難う -253万枚
・1969年 港町 涙町 別れ町 -43万枚
・1971年 サヨナラ横浜 -55万枚
・1972年 恋の町札幌 -62万枚
・1974年 別れの夜明け -62万枚(八代亜紀とのデュエット)
・1977年 ブランデーグラス -155万枚
・1979年 みんな誰かを愛してる -42万枚
・1982年 おれの小樽 -43万枚
・1987年 わが人生に悔いなし -84万枚
・1987年 北の旅人 -125万枚

<石原裕次郎 牧村旬子 銀座の恋の物語>
http://www.youtube.com/watch?v=Dri-7STNzXk&feature=related

<夜霧よ今夜もありがとう>
http://www.youtube.com/watch?gl=JP&hl=ja&v=hFEwDI_WjgE

<ブランデーグラス>
http://www.youtube.com/watch?v=d0TQ3vs2V7A&feature=related


<石原裕次郎 - Wikipedia>
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9F%B3%E5%8E%9F%E8%A3%95%E6%AC%A1%E9%83%8E

イメージ 1

イメージ 2

西洋で18世紀に興隆し現在に至る音楽は、譜面の発明により再現可能なものとなり、支配者層から大衆に開かれ、その大衆の中から様々な音楽が生まれました。音楽を聴くという側面から見ると、今に至る130年の間に技術開発によってそのモバイル化が進みました。それはレコードによって始まりました。その歴史を簡単に振り返ってみます。

・1857年、フランスのレオン・スコットが世界初のレコード(音声記録)「フォノトグラフ」を発明。
・1877年12月6日、アメリカのトーマス・エジソンが世界で初めて実際に稼動した再生可能なレコード「フォノグラフ」を発明。
・1948年6月21日、アメリカのピーター・ゴールドマークが音楽レコードを開発、コロムビア社から最初に発売。
・1962年に、オランダの電機メーカー・フィリップス社が、フェライトを素にオーディオ用磁気記録テープ媒体「カセットテープ」を開発。
・1978年、“AT&T”と「モトローラ」に携帯電話の実用化実験許可がおり、1979年に日本において世界で初めて実用化。
・1979年7月1日、ソニーの携帯型ステレオカセットプレーヤーウォークマン(WALKMAN)を開発。
・1982年10月1日、日本ではソニーから最初のCDプレーヤー(CDP-101)とCDソフトが発売。
・2001年10月23日、アップルがi-podが発売。
・2002年12月にKDDIがauブランドで開始。(CHEMISTRY「My Gift to You」が世界初の着うた)
・2007年1月9日、アップルがiPhoneを発売。

自分が聴きたい曲を聴きたい時に聴きたい場所で聴く、音楽のモバイル化はそれぞれの時代で模索されました。カセットデッキの誕生によってそれが広く普及し、そしてウォークマンによって個人のモバイル音楽が確立しました。

1877年にエジソンが発明したレコードが一堂に会して聴く音楽を一家で聴く音楽に変え、それから130年の時を経て、圧倒的なコンテツを携帯しながら個人が移動中に聴く音楽へと変わりました。この音楽のモバイル化の歴史の中に、1960年以降、日本が深く関わってきたことを改めて知るのです。

1981年のザルツブルク復活音楽祭で、ヘルベルト・フォン・カラヤン財団が、ソニー、フィリップス、ポリグラム・グループと協力したかたちでCDの生産に踏み切ると発表し、レコード産業は一気に劇的な変化に飲み込まれることになりました。そして、今やそのCDそのものが売れない時代となりました。

この130年に起きた音楽メディアの技術革新はそれぞれが重要な技術でしたが、私は個人的には1979年にソニーの「ウォークマン」が起こした音楽モバイル化を最も重要な音楽メディア革命であったと思っています。そしてその最大の功労者が、開発プロジェクトのリーダーを務め、「Mr.ウォークマン」と呼ばれた黒木靖夫さんです。黒木さんは残念ながら、エジソンがレコードを発明した130年後の年に亡くなっています。

写真の一枚は、1987年、ソニーウォークマンのCMに「瞑想する猿」として出演した初代チョロ松の一枚。2007年1月14日未明、引退後を過ごしていた熊本県南阿蘇村にある「阿蘇お猿の里・猿まわし劇場」にて、奇しくも黒木さんに先立つこと半年前、老衰のため亡くなりました。享年29歳。


黒木靖夫(くろき やすお、1932年10月2日 - 2007年7月12日 )は、宮崎県西都市出身、日本の工業デザイナー。株式会社黒木靖夫事務所代表。ソニー株式会社元取締役。宮崎県立妻高等学校、千葉大学工学部工業意匠科卒業後、そごうデパートへ入社。新聞でソニーの求人広告を見つけ中途入社する。ソニー創業者の盛田昭夫、井深大に見い出され、とくに盛田昭夫とは、社長と社員の枠組みを超えた強い信頼関係を生涯に渡り築く。

「SONY」のロゴマークをデザイン、同社の主力業務用モニターであった「プロフィール」プロジェクトリーダー、つくば万博にて「ジャンボトロン」担当。ソニーウォークマン開発プロジェクトのリーダーを務め、「Mr.ウォークマン」(ウォークマンの生みの親、もしくはウォークマンの父)と呼ばれていた。その後、ウォークマン開発の功績を買われソニー取締役に就任する。ソニー企業株式会社社長を歴任し、1993年に退職、独立する。

東北芸術工科大学客員教授、成安造形大学客員教授、立命館大学客員教授を歴任し、工業デザインを通しての人材育成にも力を注いだ。2007年7月12日に胃癌のため死去した。享年76(満74歳没)。

<黒木靖夫 - Wikipedia>
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%BB%92%E6%9C%A8%E9%9D%96%E5%A4%AB

<1982年の「CD」革命>
http://blogs.yahoo.co.jp/asongotoh/41901844.html

<デザイナーズインタビュー[黒木靖夫]>
http://www.su-mairu.com/designerfile/c_k_kuroki.html


.
aso**otoh
aso**otoh
男性 / A型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

最新の画像つき記事一覧

Yahoo!からのお知らせ

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

数量限定!イオンおまとめ企画
「無料お試しクーポン」か
「値引きクーポン」が必ず当たる!
ふるさと納税サイト≪さとふる≫
実質2000円で好きなお礼品を選べる
毎日人気ランキング更新中!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事