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〜團伊玖磨の講演録「創るということ」から〜 |

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〜團伊玖磨の講演録「創るということ」から〜 |
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日本の音楽は、「邦楽」の長い潜伏期間といえる時代で細々と生きながらえ、明治期になって洋楽を積極的に取り入れる形で新たな萌芽を迎える。美術や文学に遅れを取った形で芸術としての形を取るようになったと思える。少なくとも、これまで詳らかにした論考の中ではそうである。 |
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団伊玖磨の話は、音楽を越えて文化の域にまで発展する。その中で「日本的な」ということにあまり意味はなく、むしろ「東アジア的」な視点を持つことが必要だと言う。「文化が流入するということは、そのまま人間が入ってくること」という明快な話は、なかなか気づかない点でもある。こういう意味で「『日本民族』の源流」と題した。 |
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今回の話に「五木の子守唄」が取り上げられる。團伊玖磨が語るその背景に、全面的には私は与しない。が、團の見解が正しいのかもしれない。「拉致」だったかどうかという点においてである。ここでは「子守り唄」ということばしか出てこないが、本来の意味から、あえて「『守り子唄』の成立ち」と題した。 |
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朝鮮半島から受け継いだ様々な技術を生活に活かしながら日本人は、自分たちの独自な文化を築いていく。その生活の中から生まれる歌こそが、芸術性の根拠につながると、團伊玖磨は語る。今回の話に「『音楽』に内在するもの」と題した。 |
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