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日本音楽の黎明

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〜團伊玖磨の講演録「創るということ」から〜
團伊玖磨のテーマは音楽から一歩離れた話題となる。「世にも美しい日本語入門」の著書で数学者の藤原正彦は、中国語やハングルが自国の国語を簡略化したことによって、そこに文化の断絶が起こってしまったと述べている。團は日本語の「強さ」をここで解明している。よって表題のタイトルとした。


たとえば、いまの宮中の雅楽の方たちの姓を見ると、園さん、芝さん、珍しいのは東儀さんとか、日本人の名字と遠いますでしょう。多(おおの)さんという方もいますね。「古事記」を編纂した太安万侶の子孫だと言われています。そういうような人たちが来て雅楽を創る。

後にお話しすることと関係がありますが、そういうふうにしていろんな民族がやってきて合成されてでき上がった日本人は、日本人同士でコミュニケートする必要が非常に多かつたんじゃないかと思うんです。
新しいものを創る、あるいは変形して利用することがうまかったんですね。たとえば、漢字が入ってきますでしょう。わずか数百年で日本人は、男仮名・女仮名というカタカナ・ひらがなを創ってしまう。日本語を崩さずに、漢字を利用して文章が書けるようにしていきます。

日本人はどうして仮名を発明したかと、中国人が悔しがるんだけれども、現在までついに中国人は発明することができなかった。たとえば、「ニューヨーク」と書こうとすれば、「ひもそだて(紐育)」とか書くでしょう(会場笑)。メキシコなんて書くのは大変ですよね。「墨」みたいな字だとか「西」だとか、それを書かなきゃならない。これは、漢字を音標文字として使うからです。

中国人はなかなかセンスがあって、音標文字として使うだけでなくて、ちょっと意味を付けるんですね。たとえばコカ・コーラというのは、「くちにすべく、たのしむべし(可口可楽)」と書く。これ、いいじゃないですか。それから、音だけじゃないですよ。ちょっと軽蔑の言葉なんかも平気で入れるんですね。
中国の周辺の少数民族はずいぶん獣へんが付いています。北方民族を「羌」と言いますね。「あいつらは羊ばかり飼っているから、羊と人間の合いの子だ」という意味ですよ。

そういうふうな言葉を創ったり、東夷・西戎・北狄、と全部、蔑視の意味もそーっと入れておくということをやっている。そういうことには感覚があるけれど、簡単に発音を書くことは、中国人はとうとう発明できなかった。それを日本人は数百年で、しかも2種類の仮名を創って、それを定着させた。

新しく字を創るということは、相当な知的エネルギーが要ることです。そしてそれが伝播して定着するには、ひとつの社会組織がきちっとあったということだから、仮名を発明したことで日本語は滅亡せずに済んだ。しかも滅亡どころか日本語はそれから非常に栄えていくことになったと思いますね。

日本音楽の四つの区分

日本の音楽は、「邦楽」の長い潜伏期間といえる時代で細々と生きながらえ、明治期になって洋楽を積極的に取り入れる形で新たな萌芽を迎える。美術や文学に遅れを取った形で芸術としての形を取るようになったと思える。少なくとも、これまで詳らかにした論考の中ではそうである。

「作曲家の発想術」の著者・青島広志氏によれば、「現在、日本の作曲界は大きく四つに区分されている。そのうちの二大勢力は、どちらが優勢かは言をまたないが、クラシック音楽とポピュラー音楽であり、それに数は少ないが邦楽があり、そして最も新しいコンピュータによる作曲である」。

「クラシックとポピュラーの境界線は、やや曖昧であるが、前者は十九世紀ヨーロッパ音楽の延長線上にあり、自己の表現のほとんどを楽譜化するもの。後者は二十世紀前半に発達したアメリカの大衆音楽の変化形で、クラシックほどには楽譜を重要視せず、さまざまな媒体を通すことを条件としているもの、と一応規定しておく」。

「邦楽は日本の伝統芸術であり、前述した二大勢力の影響を受けつつもなお孤高を保つもの、コンピュータによる作曲は、作品の様式ではなく、楽譜を書いたり、楽器を演奏したりする作業を機械に任せる作曲方法と言えようか。コンピュータの普及により、まったく楽譜を書かない作曲家も登場することが可能になったのである」と述べる。

団伊玖磨の話は、音楽を越えて文化の域にまで発展する。その中で「日本的な」ということにあまり意味はなく、むしろ「東アジア的」な視点を持つことが必要だと言う。「文化が流入するということは、そのまま人間が入ってくること」という明快な話は、なかなか気づかない点でもある。こういう意味で「『日本民族』の源流」と題した。

「日本民族」の源流
いつも私、話すんですが、日本人というものは地面からキノコみたいに生まれたものじゃなくて、全部どこかから来たわけです。日本にもともといた人は、いないですよね。日本は火山列島ですから、島ができてきたら、どこかから来たわけでしょう。朝鮮から、あるいは中国の土手っ腹から。

私は名前が「團」というものですから、しかも出自は九州ですから、どこから来たかということに興味があって、いろいろ調べてみました。そうすると、日本の、たとえば北九州のあたりには自由都市があって、海外からやってきた人間の村まであったんです。

そのかわり、朝鮮には日本人と称する人たちの村もあって、そこが反乱を起こして三浦(さんぼ)の乱なんていうのが歴史にも出てきたりします。パスポートのない時代ですから、なに人、なに人という国の意識はあまりなくて、ゴジャゴジャ混ざって束洋の島国はできてきたのでしょう。

アイヌもいたし、北方からロシア人もたくさん入ってきたでしょう。中国人も、それから南からもある程度は入ってきたでしょう。そういうふうな混成旅団が日本人であるわけですから、いまでもあまり「日本的」という言葉を安易に使うことは、特に民族学的には非常に危険だと思うんです。

私は本を書く場合にも、ちょっと属している音楽でも、「東アジア的」とは言っても、「日本的」という言葉は、絶無ではないけれど、ほとんど使わないことにしています。「日本的」というものをよく調べてみると、たとえば奈良の法隆寺に行って「日本的」だと感じる方が多いようですが、これはとんでもないですよね。

朝鮮の人が来て創ったんだから、これは単に「朝鮮的」なだけです。そういうふうに国境というものを、文化的にあまり厳しく考えずに、茫漠とした「東アジア」に立脚すると考えたほうが、突然、正しくものは見えてくる、ということもあるようです。

中国と日本の文化交流を仕事にしているから言うんじゃないんですが、実際、文化というものはそういうものなんじゃないか。伝播もするし、同時多発もあるし、いろんなことで進んでいくわけであって、あまり厳しく国別に言うこと、たとえば客観的に見ても、あれはルーマニア音楽だ、あれはブルガリア音楽だ、あれはアルバニア音楽だ、というようなことは、あんまり意味がありませんでしょう。

音楽の文化を確立することに成功したハンガリーぐらいだったら、あれはハンガリー音楽だと言うことは意味があるのだけれども、あるいはウィーン音楽だとかハブスブルクの音楽だとか言うことは意味があるけれども、音楽というものは、「国」で性質を言うべきものではないですね。細かく言うと、その国にもたくさんの民族がいるし、個人個人の感覚も違う。

そこまでいくと、引き返さなければなりません。「作曲」という言葉から入ったわけですが、日本では雅楽は長安の都で発達したものが、律令時代にそのまま入ってきたわけです。「入ってきた」というのは、「人間が来た」という意味ですよ。文化だけが歩いてくるわけがないですから。

たとえば、王仁(わに)が「千字文」を持ってきたとか、あるいはその前にも漢字が既に入っていたというのは、漢字を使う人たちが来ていたという意味であつて、同じ意味で、雅楽も音楽だけが入ってきたのではなくて、その演奏団体が日本に入つてきて、朝廷の、あるいは仏教―――初めは神道じゃなくて仏教――の庇護を受けて楽団として存在したということです。

今回の話に「五木の子守唄」が取り上げられる。團伊玖磨が語るその背景に、全面的には私は与しない。が、團の見解が正しいのかもしれない。「拉致」だったかどうかという点においてである。ここでは「子守り唄」ということばしか出てこないが、本来の意味から、あえて「『守り子唄』の成立ち」と題した。

「守り子唄」の成立ち
えー、どこまで行きましたか(会場笑)。拉致だ。新田を開拓してたくさん人手が要るようになると、日本人自体も増えますが、まだ足りない。で、倭寇をご存じでしょう。簡単に言えば、倭寇は日本の海賊みたいなもので、中国大陸、あるいは朝鮮半島の沿海を荒らしまわるわけだけれど、そのひとつの目的は、人を捕るということだったんですね。物を奪るだけじゃなく、人をかっさらってきて働かすということだったようです。これは男だけではなく、女もずいぶん連れてきた。

子守りという仕事がいちばん、拉敦した女に適していたようです。言葉が要らないでしょう。つまり、背負っているのは言葉の分からない赤ん坊ですから、言葉が要らない。安全に保護すればいいんで、しかも一日中、軒下などに立って「ほいほいほい」と言っていればいいわけだから、複雑な言葉が要らない。若い女の子は全部、子守りにしたようですね。それが歌に残っているんです。

「五木の子守唄」というのがありますでしょう。あれがいつ創られたかは知りませんが、

「おどんま勧進勧進/あん人たちゃよか衆/よか衆よか帯よか着物」

というね。「勧進」というのは何を指すか知りませんが、中国人か外国人かという意味らしいですね。つまり、私たちは身分の低い者、あそこを歩いているあの人たちは一日本人ですね一階層のいい人たち。だから、自分たちの着られない「よか着物」も着て歩いているということでしょう。子守唄がそういうことを言っているということは、子守りがそうだったということでしょう。子守りにそういう人たちが多かったということらしいです。

しばらく経って家康の天下になると、朝鮮刷還使――はじめの頃は朝鮮通信使とも言います――が500人ぐらい、毎年、日本に来るようになる。ちょうどいま、テレビの「人間講座」のプログラムで、その説明を毎水曜日にしていますが、通信使のひとつの目的は、将軍への敬意であるだけでなく、被虜の刷還だというんですね。

日本に連れて来られた人たちを、少しでも朝鮮に帰すということがちゃんと目的に挙げられている。あるいは家光が将軍職を継いだお祝いとか、日光の東照宮ができたお祝いとか、いろんな名目で来るんだけれど、それが日本と外国とのただひとつの正式な外交関係であったわけだから非常に大事なんだけれども、そこには人を帰すことも目的にある。

それから、いろんな船が朝鮮から着くと、故国の船が着いたというので、朝鮮の人がたくさん「帰りたい、帰りたい」と言って押し寄せてくるが、全部を乗せるわけにはいかない。それでも、初めの頃は1000人ぐらいを帰したりと、家康はいい政策をしているのだけれども、そのうち、この人たちが帰らなくなるんですね。

だんだん日本に居着いて、日本の女性と結婚して子供ができる。子供も朝鮮語は分からない。そうすると、日本に居着いたほうが生活しやすいということになる。重ねて、朝鮮では動乱が続いているので、故国へ帰ったって生活できないから日本にいようということになって、帰る人が減ってしまい、結局、日本人に同化される。

朝鮮半島から受け継いだ様々な技術を生活に活かしながら日本人は、自分たちの独自な文化を築いていく。その生活の中から生まれる歌こそが、芸術性の根拠につながると、團伊玖磨は語る。今回の話に「『音楽』に内在するもの」と題した。

「音楽」に内在するもの
つまり、文禄・慶長の役があって、たくさんの被虜が来た。あのへんの陶工はみんなそうでしょう。その末裔が中里太郎右衛門とか柿右衛門とかで、朝鮮が元であった。いちばん最初に来て有田で窯を開いた李参平−イー・サンピョンというんでしょうけれど――という人物まで分かっているし、李参平を陶阻だと尊敬して、神社まであります。

それだけじゃないですね。どんどん日本は生産を拡大して、つまり米を穫れるようにするために、たくさん新田を開発する。すると、どうしても労働力が不足してしまう。

西洋で主であった麦というのは、蒔けばいいんですよね。ところが、米は蒔けばいいんじゃない。水田を作るということは、水平の土地を作らねばならない。水平でない斜面には、「田毎の月」のような段々畑を作らなければいけない。段々畑じゃない、段々に水平、水平の畑を作らなければならない。それには水路を複雑に組み合わさなければならない。というようなことで、人手が要るし、また草取りもたいへんな作業です。

日本の水田米作は農業じゃない、園芸だと、英国の農業の本で読んだけれども、それだけ手がかかるということでしょう。農業というのは本質的に、もっと単純なもので、たとえば麦を作る。そうすると、力が余る。力が余れば牛を飼える。酪農と農業をひとつにできる。一家で牛を飼い、乳を搾り乳酪製品を作り、片や麦を蒔くということができる。

しかし、日本では米を作ったら、それだけでもう本当に一家中の手間がかかって、牛を飼うならせいぜい堆肥を作るだけ、酪農まではいかないということを読んだことがあるけれど、僕は日本の農村をよく歩くものですから、それは本当だなと思います。

なぜこんな話をしているかというと、音楽を創るということは、音楽だけ創ればいい、音楽だけの知識があればいいということではないわけですね。音楽を創って表現する場合、何を表現するかということが非常に大切になるわけで、浅薄な雑学でも、なるべくそういつた人間の生活の本質に関わること、これを握らないと音楽らしい音楽はできない。

1年か2年流行して、ある人たちが歌って、そして消えてしまう音楽、つまり流行歌を創るなら、その時だけの社会にアピールすればいいけれど、私の創っている音楽は子供からおじいさんまで、ずっと時間に耐えるものを創りたいわけです。そうすると、やはり生活というものをはっきり知らないといけないわけで、いけないことなんですが、つい雑学に走ってしまいます。

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